合掌
庭の赤い薔薇がたった一輪寒さに耐えて咲いている。
薔薇は薔薇の命を全うしようと生きている。
4日前、自宅道場の前の道路で、朝、雄鹿の交通事故による死体を目にした。
近所のひとが先に見つけ、私にそのことが知らされた。
私が処理してくれることを期待したようだ。
道路におけるこうした処理は市役所の所管ではなく、道路管理者、つまり
道路公団の管轄になる。とは言っても、そのまま放置するわけにもいかず、隣の町内に住んでいる宍戸さんの手を借りることにした。
彼は、食肉処理のベテラン。
何せ、短角の雄鹿は1人では運ぶことは無理である。
彼が5分くらいでやって来た。
古いランドクルーザーを持っていて、それで運ぶことにしたのである。
後ろの荷物を入れる場所に持ち上げるのであるが、二人でも上げることができなかった。
そこで、自宅からコンパネを持ってきて、その上に鹿を乗せて漸く上げることが出来たのである。
トラックと思われる車に朝方撥ねられたものと思われる。
即死の状態であった。
結局、ゴミとして処理することになるのである。
こうした鹿が自宅道場前で交通事故に遭って死んだ鹿を見たのは、ここに住まいして初めてである。
富良野市、歌志内市から焼山を抜けて砂川方面に入ってくる車の速度はかなりのものである。
車の損傷も激しかったのであろうが、恐らく急いでいたと見えてそのまま立ち去ったものであろう。乗用車であればかなりのダメージがあったはず。
人を撥ねた感覚があったかもしれない。朝方の暗いなかにあって恐怖そのものを感じたことであろう。
私の家の犬が二匹車に撥ねられ犠牲になっている。
今年になって、私が発見した鹿の交通事故の犠牲はこれで3頭目である。
10月は、鹿の発情期でもあり、雄鹿の移動が活発であることも一因であろう。
鹿の雄鹿の鳴き声は、「ひゅーう」という独特の遠吠えである。
この付近の雄鹿のボスの鳴き声である。
雄の喧嘩つまり角突き合いの実戦は夜明け前のことが多い。
勝者のみに与えられる権利を取得する大喧嘩である。
いつもの歩行禅の途中で秋の原っぱで、先日も四段角の鹿2頭を見た。
また、よく羆の発見される自転車道路を数日前の朝5時55分、四段角の立派な雄鹿が悠々と歩いているのを車から発見した。
兎に角、鹿は年々増えているのである。
近所の、農作物の被害は、アライグマによる農作物の食い荒らしも含め、甚大である。
埼玉武専 感想文 原文のままに
研究科 2年
1 指導者論について
調和の大切さについて学べました。あと自己と自分のちがいについて学べてよかったです。
4 技術のついて
乱取り、技、全て面白かったです。
来年もぜひ来て頂きたいです。
研究科 2年
1 指導者論について
池上先生ご指導ありがとうございました。
自己確立と自分確立とでは違う、という
非常にわかりやすい説明でした。
3 考試員資格基礎講座について
運用法自体普段あまりやらない中で審判の仕方は勉強になりました。
4 実技について
きびしい中にやさしさがある先生でした。
教えていただいた練習方法をとり入れたいと思います。
研究科2年
3 考試員資格基礎講座について
今日講座を受けて、審判員もたいへんなのだなと思いました。
4 実技について
小坂先生のせんぱいという事もあり、とても楽しく練習できました。
また来てくださる事を楽しみにまっています。
研究科2年
1 指導者論について
よかったです。
3 考試員審判員基礎講座について
乱取りの審判はむずかしかったです。
4 実技について
体の使い方が参考になりました。
研究科2年
1 指導者論について
組手主体、鎮魂行の在り方、日常どこでも実行する。湧出、言葉と意識、いい生き方、豊かな人生にする為の自己確立、自他共楽、実践を努めたい。
4 実技について
すばらしい、姿勢 基本の重要性を感じました。
研究科2年 (東京地区)
1 指導者論について
ありがどうございました。(せっかくお話をいただいているのに居眠りをしてしまいました。前日が練習で遅くなり、洗濯していると3時間位しか寝れないので・・・)
自分確立と自己確立は違う。心が調和していないと(演武は)我他我他になる・・・・
3 考試員審判員資格基礎講座について
審判の運用法動作・・・できなくて恥をかきましたし、周りにもご迷惑をおかけいたしました。
指導者とか主審は、ちゃんとしゃんとしていないと見苦しくなることか実感できました。
4 実技について
ありがとうございました。
よく教えていただいて覚えることができました。
最後、演武と乱捕りも1組ずつ行うのが良かったです。(下手ですが・・・)
思い切りやる事ができました。
研究科2年
1 指導者論について
参座→なにももとめず
自己×自分 同じではない
調和=組手主体
自己確立します。
4 実技について
ありがとうございました。楽しく出来ました。
研究科3年
1 指導者論について
我思う故に我在あり(I think therefore I am.)
4 実技について
運用法と運用法審判について
研究科3年
1 指導者論について
禅の事。自己確立の事とても良くわかりました。
4 実技について
法形を大切に変化技をわかりやすく学べました。
研究科4年の感想文は次回!
11月の昇級試験、稽古は予定通りです。
第1土曜日:11月5日滝川クラブにおいて昇級試験実施。
該当者は受験申し込みをしてください。
毎火曜日(19時から21時まで)
学科・技術=砂川銀座通り専有道場
毎水曜日・金曜日(19時から20時45分)
砂川 クラブの稽古=砂川海洋センター
毎土曜日(9時30分から11時30分)
滝川クラブの稽古=滝川児童センター
毎木曜日(16時30分から19時)
札幌学院大学・北翔大学での指導。
大学に14時には砂川を出ます。
稽古には、札幌近隣の拳士もどうぞ参加してください。
11月度北海道武専・昇格試験:11月13日 東野幌体育館
道東武専・昇格試験 :11月27日釧路市
本部派遣教師藤田先生
池上の現在における日程
12月4日(日曜日)に派遣。
東京板橋区体育館にて開催される特別昇格試験に考試員として派遣。
12月3日の滝川クラブの稽古終了後、東京へ向かいます。
12月4日の北海道武専は欠席となります。
12月17日(土曜日)
考試員審判講習会(本部)
12月18日(日曜日)
神奈川武専(藤沢市)
拳士募集活動
少林寺拳法の布教普及の一環として取り組むようにお願いします。拳士ひとりひとりが心から勧めてください。
高校受験の拳士諸君も稽古を休まず、稽古以外の日を受験勉強に当てて頑張りましょう。
札幌学院大学・北翔大学少林寺拳法部拳士募集
来年度の少林寺拳法部の部員を勧誘に努めています。是非、入学、入部するように関係者がいた場合勧めて下さい。
合掌再拝 池上
2011年10月31日月曜日
2011年10月26日水曜日
千葉英守北海道少林寺拳法連盟会長政経文化セミナー、佐藤正久参議院議員
合掌
10月24日、北海道少林寺拳法連盟会長千葉英守道議会議員の政経文化セミナーに出席した。
千葉会長:希望に満ちた「北海道づくり」住んで良かった北海道づくりをテーマに話された。札幌中央区において先の選挙でトップ当選された先生の力強い話であった。千葉会長は宗由貴総裁と日頃から連絡を取り、少林寺拳法連盟に対してご尽力いただいています。
この日の講演として、参議院議員佐藤正久氏の、心は常に「現場にあり」。
東日本大震災の復旧活動:自衛隊員の過酷な活動、領土問題等日本人としてのあるべき姿について、心をうつ内容であった。
当初、さほどの話ではないであろうと思っていたのだが、現場を熟知経験していなければ話すことのできないものばかりであった。
少林寺拳法の拳士なら、被災地に馳せ参じ、人としての役割を果たすべきと、北海道少林寺拳法連盟の総会でも訴えたのであるが、まさにそれを当然のことであるという同志的行動のできる単なる国会議員ではないことを直感したのである。
まだまだ捨てたものではないと心底感じた。
今まで数多くの政治家を見てきたが、若いがこれ程日本国のことを真剣に考えているのを見たのは久しぶりである。
福島県出身、平成16年自衛隊イラク先遣隊長(ひげの隊長としてマスコミで取り上げられた)、帯広での勤務が最初であったようだ。
今回の被災地における自衛隊の諸君の並々ならぬ活躍等については、涙なしでは窺い知れないことの一端を知る上でも、「ありがとう自衛隊」を読むことを勧めるものである。
「己の命を賭して活動する自衛隊に今こそ感謝の気持ちを送ろう!」
自衛隊を毛嫌いする日本人が数多くいるのを勿論私は知っているが、しかし、日本を防衛する任務が基本である中、今や災害派遣が当然のことのように思っている人たちには認識を変えてもらわなければいけない。
自衛隊は東日本大震災で
初動から人命捜索、遺体搬送時の過酷な状況。
そもそも自衛隊とは何か!
自衛隊はなぜかくも屈強なのか!
自衛隊は今後いかにあるべきか!等々についてについて知る上で、簡易な文章で書かれているので一読することを勧めるものである。
少林寺拳法の拳士にも多くの自衛隊員がいます。北海道の少林寺拳法も西内先生を始め、甲斐先生、その他多くの関係各位の活躍で組織が広まったのはご承知のことである。
同じ日本人として、差別的目で見る傾向にあったことから、いざという時になくてはならぬということを認識すべきことであろう。
実際の話であるが、ある高校で高校教員から、自衛隊員の子供に対してお前の父さんは人殺しをする仕事をしていると言われたと泣きながら話してくれた拳士もいたのを私は知っている。
教職にありながら全く言語道断である。こんな輩に高い税金を払っているのは耐え難い。
しかし、我が少林寺拳法の同士である高校教員には素晴らしい人材が豊富である。
自衛隊とは何かということを、国を挙げて、国民みんなが考えるべきときであることは、佐藤議員にも先頭に立って頑張ってもらいたいものである。
少林寺拳法の鎮魂行と、教育勅語と比較してみては如何か。軍国主義のもとでの教育勅語であったことから全てを民主化のもとでガラガラポンしての現代社会である。
父や母に孝養を尽くし、兄弟は皆仲良くし、夫婦はお互いに助け合い、友だち同士は互いに信頼し合い、人に接するときは礼儀を弁えて接し、自分自身を慎ましく行動せよ。また多くの人には博愛の心をもって善行を行い、勉学に励み、仕事には精を尽くし、そして自分の知識の向上に勉め、道徳を守っていく心を養い、自ら進んで社会公共の利益の為に力を尽くし、公の仕事をする為の努力をせよ。そして国の法律を守り、様々な規則に従い、万一非常事態が発生した時には国家社会の為に自らを犠牲にして事に当たれ。 今野陽三 著「美しかった国、日本」
自衛隊入隊時の宣誓書
強い責任感をもって専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえることを誓います。
我々国民は、自衛隊は給料をもらっているから、当たり前だという考え方。
災害派遣で通常一日で上限1620円、著しい危険を伴う場合は倍額。
時給にして200円程度。
事業仕分けの結果予算削減、与えられた迷彩服はたった2着だけ。
津波の後の遺体捜索、腐臭の激しいその遺体を背におぶり搬送することを我々はできるであろうか。
あの寒さの中、乾かすことさえできなかった状況で2着を着まわし、体液のついた悪臭のなかで、冷たいレトルト食品を食することが一般国民にできるであろうか。
それは、その遺体の家族ならいざ知らず、まず不可能である。
私が被災地陸前高田に行っての活動はせいぜい瓦礫の処理であった。
遺体捜索等出来るはずもない。
この非常事態にあってただ文句をつけるだけの国民であってはならない。
愛民愛郷の精神に則り、日本民族福祉を改善せんことを期す。
魅力のない自己は無力なり、絆をもって人間を愛そう!
合掌再拝 池上
10月もあとわずか、稽古の予定に変更はありません。
10月24日、北海道少林寺拳法連盟会長千葉英守道議会議員の政経文化セミナーに出席した。
千葉会長:希望に満ちた「北海道づくり」住んで良かった北海道づくりをテーマに話された。札幌中央区において先の選挙でトップ当選された先生の力強い話であった。千葉会長は宗由貴総裁と日頃から連絡を取り、少林寺拳法連盟に対してご尽力いただいています。
この日の講演として、参議院議員佐藤正久氏の、心は常に「現場にあり」。
東日本大震災の復旧活動:自衛隊員の過酷な活動、領土問題等日本人としてのあるべき姿について、心をうつ内容であった。
当初、さほどの話ではないであろうと思っていたのだが、現場を熟知経験していなければ話すことのできないものばかりであった。
少林寺拳法の拳士なら、被災地に馳せ参じ、人としての役割を果たすべきと、北海道少林寺拳法連盟の総会でも訴えたのであるが、まさにそれを当然のことであるという同志的行動のできる単なる国会議員ではないことを直感したのである。
まだまだ捨てたものではないと心底感じた。
今まで数多くの政治家を見てきたが、若いがこれ程日本国のことを真剣に考えているのを見たのは久しぶりである。
福島県出身、平成16年自衛隊イラク先遣隊長(ひげの隊長としてマスコミで取り上げられた)、帯広での勤務が最初であったようだ。
今回の被災地における自衛隊の諸君の並々ならぬ活躍等については、涙なしでは窺い知れないことの一端を知る上でも、「ありがとう自衛隊」を読むことを勧めるものである。
「己の命を賭して活動する自衛隊に今こそ感謝の気持ちを送ろう!」
自衛隊を毛嫌いする日本人が数多くいるのを勿論私は知っているが、しかし、日本を防衛する任務が基本である中、今や災害派遣が当然のことのように思っている人たちには認識を変えてもらわなければいけない。
自衛隊は東日本大震災で
初動から人命捜索、遺体搬送時の過酷な状況。
そもそも自衛隊とは何か!
自衛隊はなぜかくも屈強なのか!
自衛隊は今後いかにあるべきか!等々についてについて知る上で、簡易な文章で書かれているので一読することを勧めるものである。
少林寺拳法の拳士にも多くの自衛隊員がいます。北海道の少林寺拳法も西内先生を始め、甲斐先生、その他多くの関係各位の活躍で組織が広まったのはご承知のことである。
同じ日本人として、差別的目で見る傾向にあったことから、いざという時になくてはならぬということを認識すべきことであろう。
実際の話であるが、ある高校で高校教員から、自衛隊員の子供に対してお前の父さんは人殺しをする仕事をしていると言われたと泣きながら話してくれた拳士もいたのを私は知っている。
教職にありながら全く言語道断である。こんな輩に高い税金を払っているのは耐え難い。
しかし、我が少林寺拳法の同士である高校教員には素晴らしい人材が豊富である。
自衛隊とは何かということを、国を挙げて、国民みんなが考えるべきときであることは、佐藤議員にも先頭に立って頑張ってもらいたいものである。
少林寺拳法の鎮魂行と、教育勅語と比較してみては如何か。軍国主義のもとでの教育勅語であったことから全てを民主化のもとでガラガラポンしての現代社会である。
父や母に孝養を尽くし、兄弟は皆仲良くし、夫婦はお互いに助け合い、友だち同士は互いに信頼し合い、人に接するときは礼儀を弁えて接し、自分自身を慎ましく行動せよ。また多くの人には博愛の心をもって善行を行い、勉学に励み、仕事には精を尽くし、そして自分の知識の向上に勉め、道徳を守っていく心を養い、自ら進んで社会公共の利益の為に力を尽くし、公の仕事をする為の努力をせよ。そして国の法律を守り、様々な規則に従い、万一非常事態が発生した時には国家社会の為に自らを犠牲にして事に当たれ。 今野陽三 著「美しかった国、日本」
自衛隊入隊時の宣誓書
強い責任感をもって専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえることを誓います。
我々国民は、自衛隊は給料をもらっているから、当たり前だという考え方。
災害派遣で通常一日で上限1620円、著しい危険を伴う場合は倍額。
時給にして200円程度。
事業仕分けの結果予算削減、与えられた迷彩服はたった2着だけ。
津波の後の遺体捜索、腐臭の激しいその遺体を背におぶり搬送することを我々はできるであろうか。
あの寒さの中、乾かすことさえできなかった状況で2着を着まわし、体液のついた悪臭のなかで、冷たいレトルト食品を食することが一般国民にできるであろうか。
それは、その遺体の家族ならいざ知らず、まず不可能である。
私が被災地陸前高田に行っての活動はせいぜい瓦礫の処理であった。
遺体捜索等出来るはずもない。
この非常事態にあってただ文句をつけるだけの国民であってはならない。
愛民愛郷の精神に則り、日本民族福祉を改善せんことを期す。
魅力のない自己は無力なり、絆をもって人間を愛そう!
合掌再拝 池上
10月もあとわずか、稽古の予定に変更はありません。
2011年10月23日日曜日
札幌学院大学少林寺拳法部主将イギリスに留学中 埼玉武専 高等科感想文
合掌
主将の中村君は、現在、イギリス ロンドンの大学に留学中。
姉妹クラブのダラム大学に稽古に行く予定であるメールが届きました。
ダラム大学は、大聖堂で有名、ハリーポッターの撮影場所としても知られている。
私がダラム大学を訪問してから数年経ちました。
ジェームズ先生もその後札幌に学生を伴い数度訪問されました。
そうした関係もあり、今回の中村君のイギリス留学は交流の一環が継続していることになります。
遠隔地の交流は困難を極めますが、絶えてはいけないのが交流です。
機会があれば再度訪問したいものです。
中村君のメール
主将の中村君は、現在、イギリス ロンドンの大学に留学中。
姉妹クラブのダラム大学に稽古に行く予定であるメールが届きました。
ダラム大学は、大聖堂で有名、ハリーポッターの撮影場所としても知られている。
私がダラム大学を訪問してから数年経ちました。
ジェームズ先生もその後札幌に学生を伴い数度訪問されました。
そうした関係もあり、今回の中村君のイギリス留学は交流の一環が継続していることになります。
遠隔地の交流は困難を極めますが、絶えてはいけないのが交流です。
機会があれば再度訪問したいものです。
中村君のメール
札幌学院大学現主将の中村です。
おはようございます。
ジェームズ先生のメールアドレスを教えていただきありがとうございます。
ジェームズ先生と連絡をとり練習できる日にはダラム大学に行って練習したいと思います。 残り一か月と短い期間ですが色々つんで今後に生かせるよう頑張ります。
埼玉武専 高等科感想文 原文のまま
高等科1年
1 指導者論について
北海道砂川道院 池上治男先生
互いに心が合わないとガタガタになる。 自己確立と自身確立は違う。
わかりやすい講義でした。ありがとうございました。
4 実技について
運用法を含めたもので楽しくできました。
高等科1年
4 実技について
北海道 池上先生
話の内容が、具体的でとても力強く骨身に届く講義でありました。
乱捕りについては勉強になりました。
高等科1年
1 指導者論について
禅について私は自動車の運転中に鎮魂行を行っています。
教育は豊かな人生をおくる為。
4 実技について
運用法が楽しかったです。
高等科2年
1 指導者論について
組手主体、自己確立と自分確立は違うということ。
(最後のあいさつでの池上先生の話)
テレビで見るのと現地で体感するのは全く違う。感じたらすぐ行動することが拳士であると教えられた。
4 実技について
連攻防、段攻防は法形練習ではできているつもりでしたが、乱捕り(実戦)では全く使えていない。そのような修練をしたいないからだと反省した。
(目がさめました。)
高等科2年
1 指導者論について
池上先生のお話を聞いて、まだ自分は自分確立になっていると思い、自分確立ではなく、自己確立を今後留意して、修練して行きたいと思いました。
3 考試員審判員資格基礎講座について
審判員の方法を学べました。
4 実技について
ひじを必ず前に置くという言葉が目からウロコが落ちるように感じました。
高等科2年
1 指導者論について
組手主体について、いろいろな思想を持ち出して理解がより深まった。
3 審判員講習について
審判の講座は初めて受けたのだが実戦的な内容だったので、体で良く理解出来た。
4 実技について
乱捕りはあまりやらないので勉強になった。
高等科2年
1 指導者論について
北海道池上先生
自己確立、自分確立の意味が良く分かりました。本講座の組手主体とのかかわりが良く分かりませんでした。
高等科2年
今日は池上先生でした。自己確立と自分確立と間違えるなと強調して、組手主体の講義をしていました。
4 実技について
乱どりを運歩法、いろいろなものを折り込んで、きんぱく感のある修練をしました。
高等科2年
1 指導者論について
死とは必ずくるものである。その通りだと思いました。死と向きあい、いかに生をよく生きていくか、自分確立=自己反省し、よりよい人間になりたいです。
3 審判講習
審判難しいです。まだ大会、試験等で経験ないですが、挑戦してみたいです。
4 実技について
乱捕りは大事だと思いました。普段でもやっていこうと思います。
高等科2年
1 指導者について
北海道砂川池上先生 座禅でのありし形は、形式ではなく、自分自身の素直な心が、全ての形であるという考え方で、私は心が軽くなりました。全てにおいてこうでなければならないというこだわりがなくなり、もっと体の力が抜けました。(いい意味で)
4 実技について
乱捕りの重要性→組手主体の強化
高等科2年
1 指導者論について
互いに協力し合い心を合わせ調和をとりながら高め合い稽古をしていく事を学ぶ。
ありがとうございました。
4 実技について
肘の使い方等 いままで出来ていない有効活用を学ぶ
高等科3年
1 指導者論について
池上先生の乱取りのし方 しんぱん講習会が大変役立ちました。
高等科3年
1 指導者論について
座禅とは何も思わず何も求めず何にもならない事である。自己確立と自分確立は全く違うものである。ざせつを知る事は人生において大切である。(勧んで経験するものではないが・・・)、お互いに心があわないと(調和)ガタガタになる(お互いに高め合う)。
演武は法形をもってして素晴らしいものが成り立つ。
死んでも死なない命を生きなきゃいけない。
3 審判講習
運用法の審判の講座でしたが、やはり自分にはむずかしさがあり思うように出来ませんでした。道院に帰り、復習したいと思います。
4 実技について
乱捕りの色々なやり方勉強になり、楽しかったです。
高等科3年
1 指導者論について
池上先生のご講義で、「我思う故に我在り」。人はいつか必ずこの世を去る。その間の人間の生き方
座禅の仕方、~何もすべて無になること。
参禅~それは参加する姿ではなく、まいったの意味~勉強致しました。
4 実技について
運用法の大事さを新ためて勉強させて頂きました。
有難うございます。
高等科3年
1 指導者論について
”金剛禅の調和の思想” その五(組手主体)についての講義でした。
ご自身の経験の中より説明され大変楽しく聞けました。組手主体とは二人一組で原則は行いお互いに相互に協力し合って修練することが大切であるということが良く理解出来ました。意識を変えてやることが大切です。
4 実技について
剛法 外受段突、打上段突~大さばき、残心等のとり方を理解できております。
高等科の感想文以上
10月の稽古は予定通り実施
2011年10月18日火曜日
埼玉武専 本科2年感想文
合掌
庭の薔薇も寒さのため、赤い蕾のままその命を果てようとしている。
寒さが骨までしみる秋も深まってきた。
紅葉も濃赤の葉となり、千島桜の葉も冷たい夜に風と共に地に落ちていく秋である。
山では雪虫が最初の舞を見せたかと思うと、山の麓でもその乱舞が終わった。
庭の葡萄がさらに甘みを増している。
突き刺す寒さは、道産子にとって間近に迫る冬を覚悟させる何となく嬉しい感情をひきだすのである。
わたしは、この寒さが好きである。まだ、身心が若いのかもしれない。
埼玉武専 感想文(原文のままに)
本科2年
1指導者論について
組手主体はまず自己確立を行うことが必要。決して自分確立にならないように。互いに心が合わないと演武もガタガタになってしまう。
4実技について
実戦でも使える技術を身につける。乱捕りをやってから法型をやることによって身につけられる。
本科2年
1 指導者論について
自己確立と自分確立の違いがまだよくわかっていないような気がします。もっと学ばなければいけないと思います。
4 実技について
運用法の大切さを考えさせられました。
本科2年
1 指導者論について
鎮魂行 禅の修行について大切なポイントを学んだ。
組手主体 演武に対する意識、取り組み方を学んだ。
学んだことを努力して実施していきます。
4 実技について
段突、半転身、逆転身を取り入れて乱捕り練習。乱捕の重要性を認識しました。
本科2年
1 指導者論について
鎮魂行について あらためて考えることが出来た。
無になる意味、死からの逆算、心識について
もう少し掘り下げて結論めいた事も聞きたかった。
己の修行と識見をたかめることです!(池上)
4 実技について
運用法を少しづつでも日々やる事の大事さがわかりました。
本科2年
1 指導者論について
池上先生の体験をとおした、お話をいただき大変ためになりました。
4 実技について
池上先生の乱取を取り入れた練習方法が新鮮でした。
本科2年
1 指導者論について
人との関わりの中に自分を見出し自己確立をしていくことの重要性を認識した。
4 実技について
今まであまり経験したことのない練習方法だったので新鮮でよかった。また受講したいと思った。
本科2年
1 指導者論について
我思う故に我有り 教育→いい生活 自己確立ができているか、自分確立になっていないか。心をこめた行動
4 実技について
記述なし
本科2年
1 指導者論について
金剛禅の調和と思想
(組手主体) 調和
互いに心が合わないとガタガタ(我多我多になる)
4 実技について
ありがとうございました。
以上で本科の感想文は終了です。結論を聞きたかったとありましたが、結論という認識は、修行者である各々が得ていくものであり、そこに深さがある。概して講義に対する理解度は非常に良好であった。高等科の諸拳士はどうであろうか。次回掲載。
今月も半ばを過ぎました。砂川クラブの稽古滝川のクラブの稽古共に大いに参画してください。
特に、滝川クラブの土曜朝の稽古には大いに参画しましょう。
土曜日の稽古の際、初級の英会話の指導をするようにしたいと思います。
小学校における英語教育の一環としてというわけでもありませんが、世界に羽ばたく少林寺拳法の拳士が少林寺拳法に関わる英語会話を多少でも経験することで英語を身近に感じられればよいでしょう。
また、このブログについても多くの関係者に紹介し、社会教育の一環になればよいのですが。
現在、大月康義拳士の著 語る記憶 解離と語りの文化精神医学 を読んでいる途中、まもなく読み終えます。内容は、北海道の精神医療臨床から生まれたユニークな民俗精神医学。皆さんも読んでみては如何?
合掌再拝 池上
庭の薔薇も寒さのため、赤い蕾のままその命を果てようとしている。
寒さが骨までしみる秋も深まってきた。
紅葉も濃赤の葉となり、千島桜の葉も冷たい夜に風と共に地に落ちていく秋である。
山では雪虫が最初の舞を見せたかと思うと、山の麓でもその乱舞が終わった。
庭の葡萄がさらに甘みを増している。
突き刺す寒さは、道産子にとって間近に迫る冬を覚悟させる何となく嬉しい感情をひきだすのである。
わたしは、この寒さが好きである。まだ、身心が若いのかもしれない。
埼玉武専 感想文(原文のままに)
本科2年
1指導者論について
組手主体はまず自己確立を行うことが必要。決して自分確立にならないように。互いに心が合わないと演武もガタガタになってしまう。
4実技について
実戦でも使える技術を身につける。乱捕りをやってから法型をやることによって身につけられる。
本科2年
1 指導者論について
自己確立と自分確立の違いがまだよくわかっていないような気がします。もっと学ばなければいけないと思います。
4 実技について
運用法の大切さを考えさせられました。
本科2年
1 指導者論について
鎮魂行 禅の修行について大切なポイントを学んだ。
組手主体 演武に対する意識、取り組み方を学んだ。
学んだことを努力して実施していきます。
4 実技について
段突、半転身、逆転身を取り入れて乱捕り練習。乱捕の重要性を認識しました。
本科2年
1 指導者論について
鎮魂行について あらためて考えることが出来た。
無になる意味、死からの逆算、心識について
もう少し掘り下げて結論めいた事も聞きたかった。
己の修行と識見をたかめることです!(池上)
4 実技について
運用法を少しづつでも日々やる事の大事さがわかりました。
本科2年
1 指導者論について
池上先生の体験をとおした、お話をいただき大変ためになりました。
4 実技について
池上先生の乱取を取り入れた練習方法が新鮮でした。
本科2年
1 指導者論について
人との関わりの中に自分を見出し自己確立をしていくことの重要性を認識した。
4 実技について
今まであまり経験したことのない練習方法だったので新鮮でよかった。また受講したいと思った。
本科2年
1 指導者論について
我思う故に我有り 教育→いい生活 自己確立ができているか、自分確立になっていないか。心をこめた行動
4 実技について
記述なし
本科2年
1 指導者論について
金剛禅の調和と思想
(組手主体) 調和
互いに心が合わないとガタガタ(我多我多になる)
4 実技について
ありがとうございました。
以上で本科の感想文は終了です。結論を聞きたかったとありましたが、結論という認識は、修行者である各々が得ていくものであり、そこに深さがある。概して講義に対する理解度は非常に良好であった。高等科の諸拳士はどうであろうか。次回掲載。
今月も半ばを過ぎました。砂川クラブの稽古滝川のクラブの稽古共に大いに参画してください。
特に、滝川クラブの土曜朝の稽古には大いに参画しましょう。
土曜日の稽古の際、初級の英会話の指導をするようにしたいと思います。
小学校における英語教育の一環としてというわけでもありませんが、世界に羽ばたく少林寺拳法の拳士が少林寺拳法に関わる英語会話を多少でも経験することで英語を身近に感じられればよいでしょう。
また、このブログについても多くの関係者に紹介し、社会教育の一環になればよいのですが。
現在、大月康義拳士の著 語る記憶 解離と語りの文化精神医学 を読んでいる途中、まもなく読み終えます。内容は、北海道の精神医療臨床から生まれたユニークな民俗精神医学。皆さんも読んでみては如何?
合掌再拝 池上
2011年10月14日金曜日
心識について(拳士の質問 ) 埼玉武専本科1年感想文
合掌
10月12日13日14日の3日間北電の巡視に羆対応で同行した。
12日は急遽、物凄い雷の関係で芦別の8号の鉄塔に雨雷の中同行。
北電職員も点検のためずぶ濡れで巡視した。芦別野花南は羆の宝庫であるため、ハンターの同行は必須条件。急遽お手伝いしたのである。当然、ずぶ濡れと銃を所持しているので落雷が心配。竜巻や雷注意報の出た最悪の天候であった。
13日14日は予定通りの巡視。山の上の鉄塔から見る紅葉の始まった芦別から富良野の空知川の景色は圧巻。
羆の古い糞、雄鹿の美しい立ち姿を目の当たりに汗だくだくの高所の鉄塔の巡視、大変な業務であることを実感するこの3日間であった。
稽古には影響なく行くことができた。
北海道の秋は雄大で尚且つ美しい。
心識について
この言葉の意味についての質問が道院の拳士からありました。
心識は心 意 識 のことであり、仏教概念。
「心」梵語で質多。集起(しゅっき)の義。
いろいろな条件や要素が集まって起こる。」
遺伝、誕生の環境、境遇、以後の教育、習慣、経験、現在の生理状態。
体験している事柄、さまざまな条件要素がより集まっていつも生起して
くるところのものが、この「心」というもの。
「意」梵語で末那(まな)。思量の義。
「心」から派生してきていながらこの「心」に対して、それを単なる寄せ集めからの生起と思うのでなくして進んで「これこそ我だ我だ」と、いつも強く思い固める能力、これが末那(意)の特徴。
「識」梵語で毘闍那(ひじゃな)。了別の義。
意識とは「意の識」の意味
「我だ我だ」と思う末那(意)の管理のもとに働きそれ以上いろいろの物や物事を分別する作用で、その分別ただの分別ではなく
いつも「我」の関心のもとに了解(合点)するので了別という。
西洋心理学的概念に合わせると次のようになるか。
心 無意識心理
意 自意識
識 意識的状態
心意識 これら三つがまったく緊密に連関しながら、不分離である在り方
西洋の心理学的概念よりよほどナマナマしく我のこころを言い表しているところがある。
「偶然の寄集めから出発しながら、深くこれを我と決め込み、この自分の物足りようの思いを絶対的のものとして全てこれによって分別し片付けようとする能力」
主観的色彩の濃厚なこころ。
人間生命に所属」する一器官の能力 「あたま」 「こころ」
埼玉武専 本科感想文 原文のまま
本科1年
1 指導者論
禅の姿は座る形ではない。組手主体、一人より二人、二人より三人のほ うが良い。相手のことを考えて行動できる様に日々を送る。必ず死を向かえるのだから死ぬまでに何をするのかできるのか?みんながお互いの事を考えて行動する事が調和につながると感じます。
3 開祖法話学習
先輩だから段が上だから偉いとかん違いされている方々が中に居る事は確か。少林寺拳法は何の為にやっているのか考えて欲しいと感じていました。少林寺拳法が何の為に有るのか、みんなに再認識して欲しいと思います。
4 実技
応用的な動き方が、おもしろく楽しかったです。
本科1年
1 指導者論
人が生きるための本質も極め自己確立に努めなければならない。そのため我と他、互いに認めあい調和を基本としなければならない。我と他そこに組手主体の理念がある。
2 開祖法話学習
人の先に立つ者は自己を律しなければならない。教え子からひきずりおろされるような人間になってはいけない。下の者が悪い姿をするのは自分の姿がそのまま写し出されているものだと感じる。
4 実技について
剛法の受けと反撃の早さがいかに大切か知った。今後の課題としたい。足さばきの研究が必要であると実感した。
本科1年
1 指導者論について
相手のことを思いやり演武を行うこと、また気持ちを入れた演武というのは見え方も変わってきますし、自分の向上にもつながるので一回一回の演武を大切にしようと思います。
3 開祖法話学習
人の上に立つ者として自分への厳しさが足りなかったと思いました。後輩からの意見も取り入れ少しでも良くしていこうと思います。
4 実技について
乱取りの重要さを知りました。乱取りの中の一部分を切り取ったものが技であることを念頭に入れ練習します。
本科1年
1 指導者論について
人の生きていく事について勉強させていただきました。
特に我他我他(Gata Gata)について興味深く聞かせていただきました。今後の人生について幾ばくかの糧にしたいと思いました。
4 実技について
運用法の大切さについて教えていただきました。今後、自分及び支部の練習に生かしていきたいと思います。
自分の技の不十分さがわかりました。基本(特に体のサバキ等)を更に積んでいきます。
本科1年
1 指導者論について
我思う故に我在り、思う我は必ず死ぬ。互いに心が合わないとガタガタになる。組手主体としての演武が大切(互いに心を合わせる必要があるため)
4 実技について
乱捕りを普段からする様に、軽い受け、投げ、突き、蹴りでやればよい。
本科1年
1 指導者論について
1 禅に意味を求めない
2 我他我他(互いに心が調和しないとガタガタになる。
4 実技について
運用法
本科1年
1 指導者論について
「組手主体」について
我と他の調和が大切であり、お互い1人1人の技術を高め合うことが必要である。
4 実技について
乱捕り形式で剛法を行う。たいへん実戦的で楽しかったです。
本科1年
1 指導者論について
朝、起床して「鎮魂行」をと言われてアッと思いました。今後に生かしていきたいと考えています。
本科1年
1 指導者論について
座禅と自己について、もう一度考えてみます。参考になりました。
4 実技について
良かったです。
本科1年
1 指導者論について
楽しかったです
4 実技について
勉強になりました
本科1年
1 指導者論について
自己確立 1、我思う故に我有り。 2思う我は必ず死ぬ
組手主体ー相対演練 お互いに高め合う意識
演武・・この一回しかないという演武は別物である。=乱捕り
4 実技について
乱捕りを基本で行うことの大切さを学んだ。私は体が大きいので相手ときちんと正対し、裏に受ける、顔をそらすことを学んだ。
本科2年は次回に掲載します。
合掌再拝 池上治男
10月12日13日14日の3日間北電の巡視に羆対応で同行した。
12日は急遽、物凄い雷の関係で芦別の8号の鉄塔に雨雷の中同行。
北電職員も点検のためずぶ濡れで巡視した。芦別野花南は羆の宝庫であるため、ハンターの同行は必須条件。急遽お手伝いしたのである。当然、ずぶ濡れと銃を所持しているので落雷が心配。竜巻や雷注意報の出た最悪の天候であった。
13日14日は予定通りの巡視。山の上の鉄塔から見る紅葉の始まった芦別から富良野の空知川の景色は圧巻。
羆の古い糞、雄鹿の美しい立ち姿を目の当たりに汗だくだくの高所の鉄塔の巡視、大変な業務であることを実感するこの3日間であった。
稽古には影響なく行くことができた。
北海道の秋は雄大で尚且つ美しい。
心識について
この言葉の意味についての質問が道院の拳士からありました。
心識は心 意 識 のことであり、仏教概念。
「心」梵語で質多。集起(しゅっき)の義。
いろいろな条件や要素が集まって起こる。」
遺伝、誕生の環境、境遇、以後の教育、習慣、経験、現在の生理状態。
体験している事柄、さまざまな条件要素がより集まっていつも生起して
くるところのものが、この「心」というもの。
「意」梵語で末那(まな)。思量の義。
「心」から派生してきていながらこの「心」に対して、それを単なる寄せ集めからの生起と思うのでなくして進んで「これこそ我だ我だ」と、いつも強く思い固める能力、これが末那(意)の特徴。
「識」梵語で毘闍那(ひじゃな)。了別の義。
意識とは「意の識」の意味
「我だ我だ」と思う末那(意)の管理のもとに働きそれ以上いろいろの物や物事を分別する作用で、その分別ただの分別ではなく
いつも「我」の関心のもとに了解(合点)するので了別という。
西洋心理学的概念に合わせると次のようになるか。
心 無意識心理
意 自意識
識 意識的状態
心意識 これら三つがまったく緊密に連関しながら、不分離である在り方
西洋の心理学的概念よりよほどナマナマしく我のこころを言い表しているところがある。
「偶然の寄集めから出発しながら、深くこれを我と決め込み、この自分の物足りようの思いを絶対的のものとして全てこれによって分別し片付けようとする能力」
主観的色彩の濃厚なこころ。
人間生命に所属」する一器官の能力 「あたま」 「こころ」
埼玉武専 本科感想文 原文のまま
本科1年
1 指導者論
禅の姿は座る形ではない。組手主体、一人より二人、二人より三人のほ うが良い。相手のことを考えて行動できる様に日々を送る。必ず死を向かえるのだから死ぬまでに何をするのかできるのか?みんながお互いの事を考えて行動する事が調和につながると感じます。
3 開祖法話学習
先輩だから段が上だから偉いとかん違いされている方々が中に居る事は確か。少林寺拳法は何の為にやっているのか考えて欲しいと感じていました。少林寺拳法が何の為に有るのか、みんなに再認識して欲しいと思います。
4 実技
応用的な動き方が、おもしろく楽しかったです。
本科1年
1 指導者論
人が生きるための本質も極め自己確立に努めなければならない。そのため我と他、互いに認めあい調和を基本としなければならない。我と他そこに組手主体の理念がある。
2 開祖法話学習
人の先に立つ者は自己を律しなければならない。教え子からひきずりおろされるような人間になってはいけない。下の者が悪い姿をするのは自分の姿がそのまま写し出されているものだと感じる。
4 実技について
剛法の受けと反撃の早さがいかに大切か知った。今後の課題としたい。足さばきの研究が必要であると実感した。
本科1年
1 指導者論について
相手のことを思いやり演武を行うこと、また気持ちを入れた演武というのは見え方も変わってきますし、自分の向上にもつながるので一回一回の演武を大切にしようと思います。
3 開祖法話学習
人の上に立つ者として自分への厳しさが足りなかったと思いました。後輩からの意見も取り入れ少しでも良くしていこうと思います。
4 実技について
乱取りの重要さを知りました。乱取りの中の一部分を切り取ったものが技であることを念頭に入れ練習します。
本科1年
1 指導者論について
人の生きていく事について勉強させていただきました。
特に我他我他(Gata Gata)について興味深く聞かせていただきました。今後の人生について幾ばくかの糧にしたいと思いました。
4 実技について
運用法の大切さについて教えていただきました。今後、自分及び支部の練習に生かしていきたいと思います。
自分の技の不十分さがわかりました。基本(特に体のサバキ等)を更に積んでいきます。
本科1年
1 指導者論について
我思う故に我在り、思う我は必ず死ぬ。互いに心が合わないとガタガタになる。組手主体としての演武が大切(互いに心を合わせる必要があるため)
4 実技について
乱捕りを普段からする様に、軽い受け、投げ、突き、蹴りでやればよい。
本科1年
1 指導者論について
1 禅に意味を求めない
2 我他我他(互いに心が調和しないとガタガタになる。
4 実技について
運用法
本科1年
1 指導者論について
「組手主体」について
我と他の調和が大切であり、お互い1人1人の技術を高め合うことが必要である。
4 実技について
乱捕り形式で剛法を行う。たいへん実戦的で楽しかったです。
本科1年
1 指導者論について
朝、起床して「鎮魂行」をと言われてアッと思いました。今後に生かしていきたいと考えています。
本科1年
1 指導者論について
座禅と自己について、もう一度考えてみます。参考になりました。
4 実技について
良かったです。
本科1年
1 指導者論について
楽しかったです
4 実技について
勉強になりました
本科1年
1 指導者論について
自己確立 1、我思う故に我有り。 2思う我は必ず死ぬ
組手主体ー相対演練 お互いに高め合う意識
演武・・この一回しかないという演武は別物である。=乱捕り
4 実技について
乱捕りを基本で行うことの大切さを学んだ。私は体が大きいので相手ときちんと正対し、裏に受ける、顔をそらすことを学んだ。
本科2年は次回に掲載します。
合掌再拝 池上治男
2011年10月8日土曜日
羆の巡視 埼玉武専の2 武専学生感想文の1
合掌
10月4日5日6日の3日間、北海道電力の送電線の巡視に伴う警護に参加。
北海道は既に初雪が降り、滝川、砂川の地域も初雪が降ったようです。
埼玉武専中の初雪のため地元において今年は初雪を見ることはなかった。
我が家からピンネシリの山頂、さらに奥に暑寒別の山頂が真っ白になっているのを見るのは例年に比べて少し早い。
近辺の山々のどこが最も高いか確認できる季節でもある。
兎に角美しい季節である。
その山々より少し低い峰を繋ぐ送電線を巡視するのである。
一組の構成は、北電社員2名ハンター1名の3人である。
北電の社員は勿論山に習熟しており、ハンターは彼らに遅れを取らぬよう羆の警戒をしながら随行するのである。
今年は、台風や大雨の影響であちこちが水分をたっぷり吸い込んだぬかるんだ巡視路を進むのである。
危険を伴う気の抜くことのできない前進なのである。
スパイクの付いた長靴に小型のアイゼンを装着して細い巡視路をアップダウンを繰り返しながらすすむ。
山伏の修行のようなものである。
鹿の足跡はかなり多く、羆の糞らしきものも見かけた。
蝦夷狸、北狐に何度か出くわした。
札幌市内に出没した羆の気持ちは良く分かる。
というのも、今年が昨年とは違い、山葡萄を見つけるのは至難であった。
7日の砂川クラブの稽古に、私の所有の羆の頭骨と山葡萄を一房持って法話の時間に話題提供した。
如何に、生き物は生きるために食べ物を求めて「さ迷う」ものか、恐らく親子の羆が札幌市内に現れたものと思われる。
あまり騒ぐ必要のないのであるが、都会の人間としては致し方ないことか!
我が家の砂川の自転車道路に羆が現れてもさほど驚かなくなった。
ただこうした人間から見た問題解決のためには、山にどんぐりを撒くような運動が必要なことは明白。
テレビのニュースで騒ぐだけでなく、そうした運動を展開することに対してもう少し騒ぐ勇気はありませんか!
自然環境はまず野生動物のものであり、人間はあと、あと!
13日14日の2日間は、滝里ダム、富良野方面の山の巡視に向かう予定である。
羆に遭遇しないことを祈るばかり!ここは羆の宝庫!
埼玉武専
講義の内容から。
Gata Gata means ricketiness written in Chinese character as "Oneself-Others Oneself-Others:Working with others without harmony would result in Gata Gata.
互いに心が合わないとガタガタになる。
我他 我他
勝手なつくりごとをする思いを「自己」だと誤ることを無明という。
人間のみが無明を無明と知る叡智を持つ。
真の自己は、そうした思いを解体し、落ち着いて自己を生きていくことに見出すことができるやも知れず。
私の講義を受講した感想文が7日に大澤先生から届いた。
その感想文をここにご紹介したい。
何度かに分けてご紹介したいが全員のものは無理かもしれません。
原文のまま!匿名にします!
予科1年
1指導者論
他人(相手)を考えられる自分として今、いられているかと言われると正直厳しい。鎮魂行で口にしていることを踏まえ、演武の”けいこ”を通して何よりも変えられない”自己”を確立していきたいと思う。
4実技について
乱取りの練習を中心に行った。とても楽しかったが、皆なあまり普段やっていないのか、慣れていなかった。
予科1年
1指導者論
自己確立について、やはり自分も自分確立になってしまっていると思うので今日より自己確立を頭に入れて行きたいと思う。
予科1年
1指導者論
北海道砂川道院の池上治男先生 1、我思う故に在る 2、思う我は必ず死ぬ 3湧出の事実がある。
演武は一期一会である
予科1年
1指導者論
鎮魂行をする意味を理解して実施しなければならない 反省しました。
組手(演武)が自分と相手が自己確立するため、また実践でも有効な修練方法であることを理解した。
4実技について
中高年を理由に乱取りをさけてきましたが、少しずつ慣れていく重要性を理解しました。
予科2年
1指導者論
「我思う故に我在り」 池上先生の講義は大変良かったです。調和を考え行動しようと思う。
4実技について
速い動きを実施する
予科2年
1指導者論
組手主体、調和の重要性を改めて認識しました。
池上先生のお話は非常にわかりやすく、もっとお聞きしたいと思いました。
4実技について
乱捕りの重要性を理解しました。スピードをすごく感じました
予科2年
1指導者論
「組手主体」滝川道院 池上治男先生
参禅 何も求めず何も考えないそこに禅があり禅をしている姿こそが本尊である。より豊かな人生を送るため「死」という事実から逆算して生きる。人は一人では生きられない。相互交流相互理解による「調和」が人生をすばらしいものにする。
「死んでも死なない命を生きる。」
4実技について
運用法を意識しての法形、法形を意識しての運用法。実戦をふまえての修練が需要である。
予科2年 東京地区(東京から受講に来た拳士と思います。)
1指導者論
池上先生のお話の中で、日々(毎朝)鎮魂行を行うことを推しょうされておりましたが、非常に良い事だと思いましたが、逆になぜ今まで気付かずやってこなかったのかと反省致しました。明日から毎朝鎮魂行を実行したいと思います。
4技術について
池上先生のご指導は非常に実践的で乱捕りの有効性が十分理解できました。道院に帰ってからも 今日の心構え
予科2年
1指導者論について
特になし
4実技について
よかった。乱捕りが勉強になった。
以上予科の学生の分をご紹介しました。次回本科の感想文のご紹介したい。
さて、夜も更けてまいりました。
今日、土曜日は滝川クラブの朝稽古です。
寒くなって来ました。風邪は払受!
合掌再拝
10月4日5日6日の3日間、北海道電力の送電線の巡視に伴う警護に参加。
北海道は既に初雪が降り、滝川、砂川の地域も初雪が降ったようです。
埼玉武専中の初雪のため地元において今年は初雪を見ることはなかった。
我が家からピンネシリの山頂、さらに奥に暑寒別の山頂が真っ白になっているのを見るのは例年に比べて少し早い。
近辺の山々のどこが最も高いか確認できる季節でもある。
兎に角美しい季節である。
その山々より少し低い峰を繋ぐ送電線を巡視するのである。
一組の構成は、北電社員2名ハンター1名の3人である。
北電の社員は勿論山に習熟しており、ハンターは彼らに遅れを取らぬよう羆の警戒をしながら随行するのである。
今年は、台風や大雨の影響であちこちが水分をたっぷり吸い込んだぬかるんだ巡視路を進むのである。
危険を伴う気の抜くことのできない前進なのである。
スパイクの付いた長靴に小型のアイゼンを装着して細い巡視路をアップダウンを繰り返しながらすすむ。
山伏の修行のようなものである。
鹿の足跡はかなり多く、羆の糞らしきものも見かけた。
蝦夷狸、北狐に何度か出くわした。
札幌市内に出没した羆の気持ちは良く分かる。
というのも、今年が昨年とは違い、山葡萄を見つけるのは至難であった。
7日の砂川クラブの稽古に、私の所有の羆の頭骨と山葡萄を一房持って法話の時間に話題提供した。
如何に、生き物は生きるために食べ物を求めて「さ迷う」ものか、恐らく親子の羆が札幌市内に現れたものと思われる。
あまり騒ぐ必要のないのであるが、都会の人間としては致し方ないことか!
我が家の砂川の自転車道路に羆が現れてもさほど驚かなくなった。
ただこうした人間から見た問題解決のためには、山にどんぐりを撒くような運動が必要なことは明白。
テレビのニュースで騒ぐだけでなく、そうした運動を展開することに対してもう少し騒ぐ勇気はありませんか!
自然環境はまず野生動物のものであり、人間はあと、あと!
13日14日の2日間は、滝里ダム、富良野方面の山の巡視に向かう予定である。
羆に遭遇しないことを祈るばかり!ここは羆の宝庫!
埼玉武専
講義の内容から。
Gata Gata means ricketiness written in Chinese character as "Oneself-Others Oneself-Others:Working with others without harmony would result in Gata Gata.
互いに心が合わないとガタガタになる。
我他 我他
勝手なつくりごとをする思いを「自己」だと誤ることを無明という。
人間のみが無明を無明と知る叡智を持つ。
真の自己は、そうした思いを解体し、落ち着いて自己を生きていくことに見出すことができるやも知れず。
私の講義を受講した感想文が7日に大澤先生から届いた。
その感想文をここにご紹介したい。
何度かに分けてご紹介したいが全員のものは無理かもしれません。
原文のまま!匿名にします!
予科1年
1指導者論
他人(相手)を考えられる自分として今、いられているかと言われると正直厳しい。鎮魂行で口にしていることを踏まえ、演武の”けいこ”を通して何よりも変えられない”自己”を確立していきたいと思う。
4実技について
乱取りの練習を中心に行った。とても楽しかったが、皆なあまり普段やっていないのか、慣れていなかった。
予科1年
1指導者論
自己確立について、やはり自分も自分確立になってしまっていると思うので今日より自己確立を頭に入れて行きたいと思う。
予科1年
1指導者論
北海道砂川道院の池上治男先生 1、我思う故に在る 2、思う我は必ず死ぬ 3湧出の事実がある。
演武は一期一会である
予科1年
1指導者論
鎮魂行をする意味を理解して実施しなければならない 反省しました。
組手(演武)が自分と相手が自己確立するため、また実践でも有効な修練方法であることを理解した。
4実技について
中高年を理由に乱取りをさけてきましたが、少しずつ慣れていく重要性を理解しました。
予科2年
1指導者論
「我思う故に我在り」 池上先生の講義は大変良かったです。調和を考え行動しようと思う。
4実技について
速い動きを実施する
予科2年
1指導者論
組手主体、調和の重要性を改めて認識しました。
池上先生のお話は非常にわかりやすく、もっとお聞きしたいと思いました。
4実技について
乱捕りの重要性を理解しました。スピードをすごく感じました
予科2年
1指導者論
「組手主体」滝川道院 池上治男先生
参禅 何も求めず何も考えないそこに禅があり禅をしている姿こそが本尊である。より豊かな人生を送るため「死」という事実から逆算して生きる。人は一人では生きられない。相互交流相互理解による「調和」が人生をすばらしいものにする。
「死んでも死なない命を生きる。」
4実技について
運用法を意識しての法形、法形を意識しての運用法。実戦をふまえての修練が需要である。
予科2年 東京地区(東京から受講に来た拳士と思います。)
1指導者論
池上先生のお話の中で、日々(毎朝)鎮魂行を行うことを推しょうされておりましたが、非常に良い事だと思いましたが、逆になぜ今まで気付かずやってこなかったのかと反省致しました。明日から毎朝鎮魂行を実行したいと思います。
4技術について
池上先生のご指導は非常に実践的で乱捕りの有効性が十分理解できました。道院に帰ってからも 今日の心構え
予科2年
1指導者論について
特になし
4実技について
よかった。乱捕りが勉強になった。
以上予科の学生の分をご紹介しました。次回本科の感想文のご紹介したい。
さて、夜も更けてまいりました。
今日、土曜日は滝川クラブの朝稽古です。
寒くなって来ました。風邪は払受!
合掌再拝
2011年10月3日月曜日
埼玉武専 旭川南高校同好会来道院 倉本聰先生の思い出
合掌
このブログの主たる製作は、現在旭川南高校教員の松林拳士に負うところが多い。
同校の高(たか)拳士(教員で本部研修受講済み)の二人が同好会の生徒を伴い23日の休日の日にやって来た。
当初、この日は砂川道院休日休みの予定であったが、松林拳士からの砂川道院での出稽古の希望があり、急遽受け入れる旨即答した。
18時半から開始した稽古。
少林寺拳法初心者に対する護身の極意とも言うべきものを体験させることができれば幸い。両教員が三段受験の際、二人で砂川道院に出稽古にやって来たその時の体験を生徒に体感させたい希望であることは明白であった。
初心者の指導においては、身近な先生の技を見るだけでなく、他の指導者とその門下生の技術をも含め、実際にその技術を直接かけられることで一気に物事は進むものである。
さらに、興味を増加させることになる。
私にもその経験があり、そうした積み重ねから今があると言える。
砂川道院、滝川道院の拳士の全国大会出場者或いは北海道大会最優秀の演武を披露したこともいい影響を与えたものと信じるものです。
当日演武した、小林拳士、鈴木拳士、三浦拳士等の演武は影響を与えたものと思う。
当日参加した旭川の拳士に感想を聞くことで、いい結果の感想であれば我が道院にとっても非常にありがたい事です。
今後、柔道でオリンピックで金メダルを多く輩出している柔道の名門旭川南高校を訪問し、少林寺拳法の指導ができれば嬉しい限りです。
倉本先生の思い出
「昨日悲別で」の撮影。
砂川駅裏のモーテルの前で冬の夜、ロケを敢行したときのことである。
俳優大滝秀治さん、女優五月みどりさんが二人で歩くシーンを撮影したのであるが、倉本先生が現場に立会い、寒い中、時間をかけて撮影したのである。
そのモーテル入り口の真ん前での撮影時間は真夜中過ぎ迄続いた。
先生はヘビースモーカーで、しゃがみ込みながら、ふかしていたのを記憶している。
しかも寒い雪のなかである。多くのスタッフも勿論寒さを忘れての撮影であった。
夕方から真夜中過ぎ迄かかったことで、モーテル利用者が出るに出られない状況であったことは言うまでもない。
ずっと付き合った私も寒かった記憶が残っている。
今思うと、私は34歳のときのことである。若かった!
埼玉武専
久しぶりの埼玉武専で、深谷市を訪れた。
10月2日、日曜日深谷市総合体育館での開催である。
深谷市にある埼玉工業大学は、私の甥が卒業した大学であることを知った。
住んでいたマンションの一階の、深谷ねぎを焼いて食べさせる居酒屋でアルバイトをしていたとのことである。ねぎ何とかという店のようだ。
多店舗化してうまくいっているとのこと。
本人は現在、京セラの名古屋支店に勤務している。
彼の親、つまり私の弟の三回忌は今年である。
神奈川県警勤務58歳で他界してしまった。
絶対事実である「思う我は死ぬ」の通り、先に逝って早くも3回忌である。
湧出の甥は、今の所元気であることが何よりと言いたいが、喫煙が心配である。
さて、先月北海道の武専に指導に来られた、菊地先生が埼玉グランドホテル深谷に、午前8時40分の約束の時間に若い門下生を伴って来られた。
深谷総合体育館は、ビッグタートルという名の通り、丸い甲羅の亀をイメージした非常にすばらしいデザインの建物である。
そばに古墳があるからではないかと、大野木理事長に尋ねたところ、古墳はなく、そうではないとのことであった。
朝、大野木先生、倉田健治先生、矢島隆禅先生、赤崎義昭先生、小宮山宣司先生の皆さんにご挨拶申し上げた。
いわゆる埼玉を代表するそうそうたる先生方である。
被災地でお会いした、大活躍の林先生は朝はまだおみえではなかった。
埼玉の林先生には頭の下がる思いである。
ダンプを持ってきて瓦礫処理の先頭に立たれていたのである。
ダンプのような実物がなければ、頭の思いだけでは何にもならないのである。
被災地から遠くにいるだけでは何にもならぬのである。
この被災を眼前にして、開祖宗道臣先生ならどうされるだろうか!
もちろん、先頭に立たれていることであろう。
開祖の思いは、今被災地の真っ只中にあると言えるのではないか!
宗由貴総裁が先頭に立って被災地に行かれていることを思えば、拳士ひとりひとりが一度ならずとも被災地において、自分確立・自身確立から
真の自己確立を果たすべきではなかろうか。
それぞれの事情はあろうが、一度は実物に触れることが少林寺拳法の拳士として大事ではなかろうか。
千年に一度のことである。
今行かなければ千年後に行ける由もなし。
思いと行動は全く別である。
午前中の講義 金剛禅の「調和の思想」 その五 組手主体
参禅とは、坐禅に参った。自己が自己を自己する。
坐禅する自己が本尊であり、真の仏教は偶像崇拝ではないことを理解するべきである。
坐禅中、決して邪魔をすることなく、坐れる環境をつくるべきである。
坐禅は自己確立にあって、とてもとても大事なものなのである。
坐禅が一旦始まったならば、ゆめゆめ じゃまはなさらぬよう!
じゃまにならぬようただ坐禅に参った自己を本尊として見つめればよいのである。
絶対事実 我思うゆえに我あり。
思う我は死ぬ
湧出事実において、金や名誉やいわゆる名利に関わらぬ、
如何に真に豊かな人生をおくるか。
そうした人生において、単なる自分・自身ではない、真の自己を通しての組手主体を理解することこそ、少林寺拳法の修行である。
単なる練習ではなく稽古であることの意義を理解すべきものである。
自他共楽の精神を土壌とした組手主体を、普段の稽古を通して、できるならば乱捕りを恐れず嫌わず、日々の稽古に取り入れようではないか!
埼玉武専については更に次回に続く。文章の間違いニュアンスの違いがあれば後で訂正します。
まずは、埼玉武専においてお世話になったことを先にお礼申し上げます。
ブログを見て頂いている埼玉県連の皆さん本当にお世話になりました。
4日火曜日から羆に対する警護のために山に入ります。
羆には遭遇したくないものですが。
参禅・稽古には影響ないものと思います。
合掌再拝 池上治男
このブログの主たる製作は、現在旭川南高校教員の松林拳士に負うところが多い。
同校の高(たか)拳士(教員で本部研修受講済み)の二人が同好会の生徒を伴い23日の休日の日にやって来た。
当初、この日は砂川道院休日休みの予定であったが、松林拳士からの砂川道院での出稽古の希望があり、急遽受け入れる旨即答した。
18時半から開始した稽古。
少林寺拳法初心者に対する護身の極意とも言うべきものを体験させることができれば幸い。両教員が三段受験の際、二人で砂川道院に出稽古にやって来たその時の体験を生徒に体感させたい希望であることは明白であった。
初心者の指導においては、身近な先生の技を見るだけでなく、他の指導者とその門下生の技術をも含め、実際にその技術を直接かけられることで一気に物事は進むものである。
さらに、興味を増加させることになる。
私にもその経験があり、そうした積み重ねから今があると言える。
砂川道院、滝川道院の拳士の全国大会出場者或いは北海道大会最優秀の演武を披露したこともいい影響を与えたものと信じるものです。
当日演武した、小林拳士、鈴木拳士、三浦拳士等の演武は影響を与えたものと思う。
当日参加した旭川の拳士に感想を聞くことで、いい結果の感想であれば我が道院にとっても非常にありがたい事です。
今後、柔道でオリンピックで金メダルを多く輩出している柔道の名門旭川南高校を訪問し、少林寺拳法の指導ができれば嬉しい限りです。
倉本先生の思い出
「昨日悲別で」の撮影。
砂川駅裏のモーテルの前で冬の夜、ロケを敢行したときのことである。
俳優大滝秀治さん、女優五月みどりさんが二人で歩くシーンを撮影したのであるが、倉本先生が現場に立会い、寒い中、時間をかけて撮影したのである。
そのモーテル入り口の真ん前での撮影時間は真夜中過ぎ迄続いた。
先生はヘビースモーカーで、しゃがみ込みながら、ふかしていたのを記憶している。
しかも寒い雪のなかである。多くのスタッフも勿論寒さを忘れての撮影であった。
夕方から真夜中過ぎ迄かかったことで、モーテル利用者が出るに出られない状況であったことは言うまでもない。
ずっと付き合った私も寒かった記憶が残っている。
今思うと、私は34歳のときのことである。若かった!
埼玉武専
久しぶりの埼玉武専で、深谷市を訪れた。
10月2日、日曜日深谷市総合体育館での開催である。
深谷市にある埼玉工業大学は、私の甥が卒業した大学であることを知った。
住んでいたマンションの一階の、深谷ねぎを焼いて食べさせる居酒屋でアルバイトをしていたとのことである。ねぎ何とかという店のようだ。
多店舗化してうまくいっているとのこと。
本人は現在、京セラの名古屋支店に勤務している。
彼の親、つまり私の弟の三回忌は今年である。
神奈川県警勤務58歳で他界してしまった。
絶対事実である「思う我は死ぬ」の通り、先に逝って早くも3回忌である。
湧出の甥は、今の所元気であることが何よりと言いたいが、喫煙が心配である。
さて、先月北海道の武専に指導に来られた、菊地先生が埼玉グランドホテル深谷に、午前8時40分の約束の時間に若い門下生を伴って来られた。
深谷総合体育館は、ビッグタートルという名の通り、丸い甲羅の亀をイメージした非常にすばらしいデザインの建物である。
そばに古墳があるからではないかと、大野木理事長に尋ねたところ、古墳はなく、そうではないとのことであった。
朝、大野木先生、倉田健治先生、矢島隆禅先生、赤崎義昭先生、小宮山宣司先生の皆さんにご挨拶申し上げた。
いわゆる埼玉を代表するそうそうたる先生方である。
被災地でお会いした、大活躍の林先生は朝はまだおみえではなかった。
埼玉の林先生には頭の下がる思いである。
ダンプを持ってきて瓦礫処理の先頭に立たれていたのである。
ダンプのような実物がなければ、頭の思いだけでは何にもならないのである。
被災地から遠くにいるだけでは何にもならぬのである。
この被災を眼前にして、開祖宗道臣先生ならどうされるだろうか!
もちろん、先頭に立たれていることであろう。
開祖の思いは、今被災地の真っ只中にあると言えるのではないか!
宗由貴総裁が先頭に立って被災地に行かれていることを思えば、拳士ひとりひとりが一度ならずとも被災地において、自分確立・自身確立から
真の自己確立を果たすべきではなかろうか。
それぞれの事情はあろうが、一度は実物に触れることが少林寺拳法の拳士として大事ではなかろうか。
千年に一度のことである。
今行かなければ千年後に行ける由もなし。
思いと行動は全く別である。
午前中の講義 金剛禅の「調和の思想」 その五 組手主体
参禅とは、坐禅に参った。自己が自己を自己する。
坐禅する自己が本尊であり、真の仏教は偶像崇拝ではないことを理解するべきである。
坐禅中、決して邪魔をすることなく、坐れる環境をつくるべきである。
坐禅は自己確立にあって、とてもとても大事なものなのである。
坐禅が一旦始まったならば、ゆめゆめ じゃまはなさらぬよう!
じゃまにならぬようただ坐禅に参った自己を本尊として見つめればよいのである。
絶対事実 我思うゆえに我あり。
思う我は死ぬ
湧出事実において、金や名誉やいわゆる名利に関わらぬ、
如何に真に豊かな人生をおくるか。
そうした人生において、単なる自分・自身ではない、真の自己を通しての組手主体を理解することこそ、少林寺拳法の修行である。
単なる練習ではなく稽古であることの意義を理解すべきものである。
自他共楽の精神を土壌とした組手主体を、普段の稽古を通して、できるならば乱捕りを恐れず嫌わず、日々の稽古に取り入れようではないか!
埼玉武専については更に次回に続く。文章の間違いニュアンスの違いがあれば後で訂正します。
まずは、埼玉武専においてお世話になったことを先にお礼申し上げます。
ブログを見て頂いている埼玉県連の皆さん本当にお世話になりました。
4日火曜日から羆に対する警護のために山に入ります。
羆には遭遇したくないものですが。
参禅・稽古には影響ないものと思います。
合掌再拝 池上治男
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