2012年8月8日水曜日

2012年3月1日 北海道砂川小学校3年親子レク 少林寺拳法を学ぶ


合掌
これらの映像は今年の3月1日に砂川小学校3年の親子レクレーションのときの映像である。
初めて少林寺拳法に接する人たちへどのように少林寺拳法を紹介したのかを参考にしていただけたらうれしいのだが。私ならこうする等ということに繋げられたらこのときの時間は無駄にはならなかったことになる。このとき、砂川小学校6年であった竹房薫稀拳士も今や中学1年であり、先日の北海道大会に中学1年の早坂愛莉拳士と女子初段の組演武に出場した。少なからずも少林寺拳法の普及活動の一旦となったせいか定かではないが、この後少林寺拳法に入門した小学生がいたことからそれなりの結果を引き出したのかもしれない。兎に角、初めての人に少林寺拳法を紹介するとき、決して恐怖を与えてはならないのである。

武専等においても、各科担当講師はその言動に十分注意し、責任ある指導をしなくてはならない。講師が自分の指導の責任放棄をした段階で学ぶ者の信頼を一瞬にして失うのである。未熟な者が自分の未熟な技術を教えたがる傾向にあることも聞き及ぶところである。未熟な技術を押し付けられる側にたつとこれほどの苦痛はないことを理解しなければならない。 指導する際に特に注意しなければならぬのは、謙虚さであること、発する言葉に十分気をつけることなどが取りざたされるであろう。
自分の支配下にあると勘違いしている道場での言動をそのままであっては決してならないことをゆめゆめ忘れるなかれ!
合掌再拝池上



 


 


 


 


 



 


 


 




2012年8月5日日曜日

北海道武専2012年8月5日 青森 原宏先生 上砂川の羆騒動

主坐 八戸東道院長 原宏先生

瞑目中の原先生
合掌
先週の北海道大会からたった1週間である。
流石に、参坐が少ない夏休み中の武専開講となった。これは、夏休み或いは先週の大会1週間後の参坐には経済的な問題も影響があったものと考えられる。
北海道は広大なのである。

本部派遣教師は、青森八戸東道院長の原先生である。滝川道院の小関拳士(現在母、男の子2名が拳士である)の元道院長である。小関拳士の子供さんが先週の北海道大会に参加したとき、おばあちゃんや小関拳士の妹さんも応援に八戸から見えていたことを原先生に伝えた。こうした継続している門下生のことは嬉しいものである。

冬の2月の代わりにこの8月を武専開校日にしたのであるが、やや蒸し暑い体育館であったが熱中症の心配は全くない稽古風景であった。北海道武専での本部派遣教師は各科全て指導にまわるのだが、今日参坐した拳士の
打棒 札幌新川道院長 石渡先生

中で最も汗をかいたのが原先生であったことであろう。
しかし、元気溌剌の原先生である。然程のことはない指導であった。
北海道武専は少ないとは言っても今日も100名以上は参坐しているのであるから本部派遣教師も力が入るのである。
北海道武専の学生は誠に直であり、技術稽古は真剣であるので指導するものにとっても喜びが大きいはずである。
前列から、芳賀先生、柴原先生、山崎先生
 

 一昨日から、上砂川町の羆騒動が続き、急遽上砂川町の依頼で現場に出動した。一応ライフル銃持参である。上砂川の猟友会の一人が小熊に発砲したのであるが外したとのことを役場から説明を受けた。
信条唱和
現場に行ったところ、先週の大会に私の相手をしてくれた中野拳士が砂川警察署員として警邏勤務に出ているのに会った。
先週は「圧法で今日は鉄砲」と冗談が飛び出した。
羆の親子はさくらんぼを食べに出てきたのである。小熊にさくらんぼを食べさせたい親心である。
住宅内を大きな羆が闊歩するのは危険と判断し猟友会に依頼が来る事になるのである。上砂川町には猟友会員は2名しかいないために手に負えないのである。
 私は小熊の足跡を追い川を越えて親熊の足跡を捜索した。私一人が川を渡り、対岸に後ろ足32センチの足跡を斜面を登る方向に発見。
警察、町の職員を呼びその足跡を確認するように伝えたが、しかし彼等は長靴を持ってきていなかったのである。それら用意をした後その足跡を撮影した。羆は雪捨て場の広大な緑地に隠れているものと判断した私のアドバイスにより警察、町職員を解散するようにしたのである。
住宅街でライフルを発砲するなど誠に危険極まりない。熊より危険であるというのが我々の基本的判断である。住宅街で羆の親子を射殺するとなると種々の問題が持ち上がるのは明白である。
熊はいずれ山に小熊を連れて帰っていくのである。
おいしいさくらんぼを子供に食べさせたい親心を理解してあげたいものである。
人間の早朝の散歩が羆の発見となり、人間優先から通報、警察自治体の出番となる。が、しかし最終的にいつも猟友会に依頼となるのである。一般的に猟友会は野生動物をみたら何でもかんでも撃ちたがると思っていたならそれは全くの認識不足である。雪のない短かい北海道の夏を野生動物たちにも満喫させる、つまり、人間のエゴでない共生の意識を持つべき時代に入って来ているのかもしれない。

翌朝4時半に上砂川の現場を巡回しに行ったところ、雪捨て場に雌の母鹿1頭、バンビ3頭が草を食んでいた。つまり、そこには既に熊の親子はいないのである。夜の間に人間に気付かれず羆の母子が山に戻ったと思われる。
羆を北海道では、神威という。小熊がいつか堂々たる神威となることを祈るばかりである。人間が騒ぐ町中に来ることなく上砂川の山々を駆け巡ってもらいたい。

こうした物々しい騒ぎの翌日が8月夏の北海道武専であったのである。

合掌再拝 池上治男

動画は主に研究科4年対象
 
切返系統の解説


切返系統の解説


 
切返系統の解説





 
切返系統の解説

 
羅漢拳系統の解説


 
手坂先生 研究科1年小手抜 逆小手の解説


2012年7月29日日曜日

第32回少林寺拳法北海道大会 開祖生誕100年記念

 開祖生誕100年記念鎮魂行 主坐 前田北広島道院長
 

  開祖生誕100年記念 打棒 成田直彦宮の森道院長 
  

鎮魂行中の出場拳士

 緊張の面持ちの出場拳士


大会出場拳士の勇姿

北海道少林寺拳法連盟北海道大会審判団
北海道少林寺拳法連盟千葉英守会長
中華人民共和国駐札幌総領事館 張領事
長谷川岳参議院議員                                                                                   

 
披露演武 青木道院長 田村拳士


千葉会長を中心に歴代北海道連盟理事長


 2012年7月29日真駒内セキスイハイムアリーナで北海道大会が開催された。

鎮魂行首坐は前田北広島道院長、打棒は成田直彦札幌宮の森道院長。
光明寺道院青木道院長と旭川中央道院田村拳士による演武が披露。

青木道院長はどうも腰の状態が良くない中で迫真の剛柔一体の演武を披露した。

長谷川岳参議院議員がその演武に感激のコメントを寄せた。

千葉英守会長が挨拶に立たれ、「開祖生誕100年を記念したこの大会」に寄せる思いを会場に集まった拳士、保護者、観客に語られた。

この大会に出場した拳士のひとりひとりの思い、また、保護者の支えは少林寺拳法を修行する者、或いは指導者にとってこの上ない喜びである。

滝川道院の小林優輔拳士は、初二段の単独演武で優秀賞、最優秀賞は、札幌学院大学次期主将になる中村拳士であった。北翔大学の宮田拳士も女子初二段の単独演武で優秀賞であった。

大会の進行中、光明寺の青木道院長が同日に行われている全国高校大会に単独演武に出ている息子さんが5位入賞したと報告を受けた。
青木道院長も先の高校大会に出ていた小林優輔拳士がかなりうまかったのにという話もあったのだが、高校大会に出場すれば北海道大会には出場できないというジレンマに陥ったこととなる。

今回出場した滝川道院、砂川道院の拳士も良く稽古に励んだと思う。
函館の手坂道院長から、自分が担当審査した小林幸拳士が非常にうまかったとお褒めの言葉があった。
私も手坂先生には「あの子は基本に忠実であり、あれほどのうまい子は久し振りで入賞できないかったのは誠に不思議である。」と互いに話した。 
単独演武は、非常に難しく突き蹴りが武的要素のあるものを見極められないとすれば、単独演武の何たるかを知り得ていない事となる。
観戦していた大月拳士からもかなりの高得点がついてもおかしくないとメールがあった。
手坂先生の函館亀田道院には、北大水産学部の移行生が転籍お世話になっている。乱捕りの稽古に定評があるので北大少林寺拳法部にとっても意義深い事である。私も北大の夏合宿に指導に行くのは例年の行事になっているのだがさて今年は!

審判の審査向上については、審判講習会、考試員講習会等の機会をみて、実際にそれら演武の詳細を指導説明をしてもらう事にしたいと考える。ベテランの道院長にはもっと積極的に審判員として最も重要なこの大会に参加してもらわなければならないことは緊急課題であろう。
佐藤審判委員長もそうした武的な技術のレベル低下を悩んでいるとのことであった。


本選終了後、アトラクションとして、道院長在任50年(西内一千歳道院長)、35年(山﨑勝函館東道院長と私滝川道院長)、30周年(加藤釧路鶴舞道院長)、20周年(野坂政司大麻麻の実道院長)。20周年勤続の野坂道院長が北大少林寺拳法部古川拳士を相手に演武の後、35周年の私が演武をした。
私は保坂拳士、島谷拳士、森滝川道院副道院長、砂川道院中野拳士(札幌学院大学OB)を相手に演武を披露した。
二人同時一瞬に巻小手と諸手逆小手を行った。通常の稽古ではあまり見た事のないものであったことだろう。

森拳士と中野拳士が護身の演武を行ってもらった。
森拳士は嘗て坂東先生の圧法で失神させられた経験を持っている。森拳士は今年6月まで日本を代表してアメリカ合衆国に語学研修生として1年半滞在した。その間、少林寺拳法の拳士として演武或いは技術を披露する機会を得た。少林寺拳法の黒帯に対する畏敬の念に驚いたと帰国後道院の拳士たちに報告があった。

札幌学院大学OB、現在北海道警察砂川署勤務の中野拳士相手に、今回圧法を行った。

彼等二人とも心底の護身の拳士である。
概して、自分に自信がなければ軽薄な演武に陥るのであるが、
彼等にはそうしたことは毛頭見当たらない。
この映像は手元にないのでアップする事はできない。

来週は、北海道武専である。また、元気な顔を見たいものである。

合掌再拝 池上治男 

この大会に関する資料が手に入れば逐一ご紹介したい



2012年7月25日水曜日

北海道大学少林寺拳法部第2回学生大会記念写真

第2回少林寺拳法学生大会 北大少林寺拳法部
合掌
写真の裏に記載されているものによると
昭和46年十一月三日、第二回少林寺拳法全道学生大会。
総合第二位、総合組演武二位、団体乱取三位、団体演武三位とあった。

私は、一年後輩の伊藤誠君と演武を組んだ。組演武の結果は最高点であったと記憶している。(ただ単なる思い出であるのでご容赦)

乱捕りでは、左待気構から蹴で相手の金的に入り、相手が立ち上がった後10秒くらいで倒れ込みそれで続行不可能となった。相手はかなり長身であったことを記憶している。いつも、そのことを申し訳なく思い続けていた。

しかし、その後私の道院の歴史での中盤、外国人との乱捕りではいつも金的蹴を使わせてもらった。190センチの大男を相手に金的蹴りが最もよき技術であった。その結果入門してきたようだ。
今、シカゴのブランチマスターのマイケル イーストウッド 拳士もその内の一人であったと記憶している。彼も長く私の道院に在籍していた。

35年前の道院開設した頃、道場破りと称してやって来た空手の初心者(流派は敢えて伏せる)との、まあ稽古であったが。
甲での下段蹴りに対しては前足底による下段蹴でのお返し、或いは勿論ベアーナックル(グローブ等なかったので)での稽古であり、上段への当身そして軽く金的蹴も大いに使わせて頂いた。
体育館全体を隈なく使い、記憶によると相手のまいったという言葉にも耳をかさず 乱捕りを継続した。

未熟な乱捕りで前歯は差し歯という拳士が多いのではないか。私もご他聞にもれない。
今では考えられないが、田舎で始めた少林寺拳法に対抗してきた若者が結構いたのである。自分は空手をやっているのだが他の武道と乱捕りをしたいと申し出てきた若者がやって来たのである。
つまり、一般に言う道場破りである。道院開設時は、負けられない実戦の日々が続いた。
暴走族の解散等実際に実力行使で成し遂げたこともある。

彼等の中から数名が少林寺拳法に入門して来た。その中には、四段まで昇格した者もいたと記憶している。いつだったか、その拳士が当時の私に稽古が荒っぽかったとインターネットに書き込みしたのを偶然見た事がある。
始めた当時は、柔法等の高度な技術力を持っていなかったので、三時間の稽古の大半は乱捕り。始めた当時は女性はいなくて、若い男連中ばかりであった。
肋骨を折った等というのは日常茶飯事であったように記憶している。今では考えられないが怪我はつきもの、下受けによるあおたん、あざだらけを得意気にしていた時代だったようだ。

当時は、現在の演武のように華麗或いは速度を極めるものではなく、法形のひとつひとつが実戦さながらのものであったように思う。
上段突において大きな違いがあるようだ。いわゆる単なる手突きになっていては護身では使えないことに気がつくべきである。怪我をしないように安全にということを、稽古と言う意味においてはきちがえているからであろう。

私自身がまだまだ指導者として未熟であった若いときに田舎において指導を始めたのであるから、今思うと当時の拳士に対してただ申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

それでも当時から今に至るまで、「闘わなくとも闘える少林寺拳法を護身として身につける稽古に明け暮れた35年」であったかもしれない。

この映像に野坂、池上がいます。大月君もいるかもしれない。大月拳士は今五段を当面の目標に砂川道院所属で毎週金曜日砂川に岩見沢から稽古に来て理論を極めようと奮闘努力している。

合掌再拝 池上

2012年7月23日月曜日

少林寺拳法第43回北海道学生大会

北海道学生少林寺拳法連盟会長木本由孝先生ご挨拶
北海道少林寺拳法連盟会長千葉英守先生祝辞
北海道少林寺拳法連盟理事長野坂政司先生
審判長北見道院宮末政則先生

第43回北海道学生大会披露演武
 



 
北海道大学 大塚拳士 田村拳士
 


2013年度北海道学生連盟大原委員長基本



北海学園大学 波岸拳士 佐野拳士



函館大学吉田拳士(女性)と 北大東坂拳士

 合掌
近藤迪子実行委員長の下第43回学生大会が札幌学院大学で開催された。43年もの歴史を辿ったこの大会の意義は大きい。近藤迪子拳士は北海道学生連盟の二人目の女性i委員長である。
この一年多いに努力を重ねてきたことであろう。
木本会長のご挨拶では、社会に向って身心共にバランスのとれた人間形成のために、汗を流して努力している姿をみたいと学生を激励された。

千葉会長はひとは何においても誠意に応えなくてはならない。学生拳士としてただ単にマニュアル通りではない、マニュアル通り通じないのが社会である事を忘れてはならない。少林寺拳法の運動の本質を見極めてもらいたいと激励された。

上の最初の動画は、関東、東北の学生による披露演武である。下の動画は北海道大学の動画である。来賓席から撮ったものであり、隣席の野坂理事長から北大の学生のことを聞いた。昨年の主将は知っているが、もう一人は岩見沢東高校少林寺拳法部出身とのことであった。

次回、第2回大会の貴重な写真映像を載せたいと思う。野坂政司ではなく、たしか政史ではなかったかと思うのだが髭のない若き童顔を見る事ができます。乞うご期待!

2012年7月21日土曜日

北海道少林寺拳法連盟初代理事長 西内一先生

2009年1月18日 宗由貴総裁・西内一先生
合掌
この映像は、北海道武専に来られた宗由貴総裁と北海道少林寺拳法連盟初代理事長西内一先生である。
千歳道院長である西内先生は今年50周年表彰を受けられた道内最高齢の道院長である。

この映像から、先生の結手構が長年の少林寺拳法の風格を醸し出されていると思われないであろうか。

私も初段試験を千歳道院で受験した記憶がある。
道内の初期の多くの拳士が受験されたのではないか。
開祖宗道臣先生が御逝去されたときに、一早く私にお電話頂いたことを昨日のことの様に覚えている。

先生は最近奥様を亡くされ、お通夜にお参りに行った際、最期のご様子を詳しく話していただいた。ご心痛のことと心よりご冥福をお祈り申し上げます。

私は道院長35周年を迎えたのであるが、先生の長きにわたるご苦労を思うと気の遠くなる思いである。

明日は、北海道学生大会、来週は北海道大会である。
北海道大会では、35周年を迎えた事で記念演武等を行って欲しいと、担当の伊藤先生から依頼があった。今日も電話があり、打ち合わせをした。
滝川道院の森副道院長、砂川道院の中野拳士(札幌学院大学OB)、札幌のデモンストレーションの拳士にも相手をしてもらうことにしている。演武といっても事前の稽古をすることなく ぶっつけ本番ということになる。

合掌再拝 池上

2012年7月18日水曜日

追悼 灰谷健次郎先生

灰谷健次郎先生(左)
先生に記念のサインを頂いた。
合掌
1996年5月2日、東北北海道の道院長研修会の講師としてお招きした際にお願いした記念写真である。

この当時、私の先生に対する知識は皆無と言っていい状態であった。
先生が自ら私はフィリッピン人に似ている云々のくだりは後に先生の作品で知ったのだが、今の仕事は沖縄で漁師として楽しんでいるとのことであった。

真っ黒に海焼けしている貴重な写真である。
講演の前に北海道連盟理事長としてお相手をさせて頂いた際、「三度仕事を変える人生を推奨している。」という様な話をされたことを思い出した。

天の瞳の少林寺拳法に対する造詣の深さ等知る由もなかった。
この頃の私は「書を捨て街に出でよ。悪と闘うのだ!」の日々の生活だったと思う。

「太陽の子」「砂場の少年」「海の図 」の単行本を事前に持って行きサインを頂いたのは私だけだった。今となっては貴重なものとなった。先生の作品は道場の図書として全て置いてある。

先生の作品が現状の教育現場にある立場の人の反発を買うことも多い中で、真の教育とは何かをライフワークとした先生の生き方は、少林寺拳法の運動に相通じるものがあるのは拳士として理解できるのではないか。

また、いじめ自殺の大津市の問題が大きく取り上げられたことで、再び教育現場の慌てぶりが露出してきた。

いじめた側の人格への尊厳への軽薄さ、いじめられた側の物言えぬ辛い時間の流れ。
気がつかぬ周囲の 情けなさ。
宇宙の中でたったひとつの命を自ら絶つことへのやるせない思い。

教育現場にある者の言い訳として、「私は知らなかった。」は済まされないし許されない。
「忙しくて手が廻らない教育現場を援けてください。」が如きの情けない教員には大事な大事な命は任せることはできない。
片田舎に住んでいる私は少林寺拳法の運動の一環として少林寺拳法の定着のためにそれなりに戦ってきたが、まだまだ真の教育とは何か、そのための具体的行動について日々葛藤している。
教職にある少林寺拳法の拳士にとって、教育現場は戦いの場である。その場を思いやりの場に変えることができるのも現場の教員だけであるというのは言いすぎか。

少林寺拳法の布教普及活動は、灰谷先生の描いた「少林寺拳法の倫太郎」を一人でも多く育てることであろうと再び意を強くした。

少林寺拳法の関係者で灰谷作品にまだ触れていない人は、是非読んでもらいたいものだ。
子供たちにも作品に触れてもらい、生徒教師が真に一体となって学校生活をよきものにしてもらいたい。
少林寺拳法の道場は、戦わなくとも闘える真の強さを引き出したいものである。

追悼 灰谷健次郎先生
合掌再拝 池上