2011年7月4日月曜日

千葉武専から戻り、叔父の葬儀

7月2日(土曜日)滝川の稽古終了後、札幌伏古の亡くなった叔父の家に向かった。6月の中ごろから体調を崩し入院し、医師から今回はもう命は尽きるとの判断。
従姉からは、既に亡くなった叔母の葬儀委員長(親戚代表)を依頼されてから早五年が過ぎた。
通常町内会長にお願いしたりするのだが、請われて私にということで引き受けた。そして、叔父のときも頼むと言われ、勿論断る理由はない。

叔父の安らかな死に顔を見て新千歳空港に到着。
午後3時30分の便で羽田に5時頃到着。
羽田に、長女の一家が会いに来てくれた。可愛い盛りの孫娘二人を連れて、束の間の再会。

羽田から京浜急行で品川、jr横須賀線で東京、jr総武線で津田沼、宿泊はホテルメッセ津田沼。

翌朝、8時20分に千葉の拳士のお二人に車で出迎えていただいた。
前回来て頂いたお二人でした。
車中、千葉県でも被災に遭われた方がいることを聞いた。
私が陸前高田市に行ったことが7月の月刊誌に載っていたのだが、実に驚愕の事実を知らされた。

出迎えて頂いた拳士の道院長、井形先生のご子息が陸前高田で津波にのみこまれ亡くなったことを聞いた。
「何でまた?!」と尋ねた。
陸前高田の博物館勤務で、その日、学校でそうした勉強を生徒に教えに行ったときに地震に遭い、子供やその時勉強会に参加していたお母さん方から逃げようと言われたのだが、彼はどういうわけか海のほうに向かい、津波の犠牲者になったのだということを聞かされた。
今日井形先生は、池上先生をお迎えのために、体育館の玄関で今お待ちになっています。
朝出向かえて頂いた女性拳士が携帯で連絡を取っていたのが井形先生だった。
船橋総合体育館の玄関前に到着、井形先生がそこにいらした。
車から降りるや否や、私はすぐに井形先生にお悔やみを述べた。
陸前高田に行ったのだが、私は息子さんが津波の被害に遭われたなどとは全く知らなかった。本当に言葉も無いと心から伝えた。
先生は、1週間後に陸前高田に行った、遺体はすぐに見つかったと言われた。遺体だけでも見つかって良かったと言われた。気丈に振舞われる先生に言葉も無かった。

中に入ると理事長始め、萩原先生、小野寺先生、森先生と挨拶をした。
そのときも、井形先生は、気丈に事務局長の仕事を眼前でこなしておられた。私にも同年齢の子供がいるが、たった、たった25歳の人生を悲しまない親はいない。何と不条理なことか!

後でまたこの続きを書き込みます。
合掌再拝 池上

2011年7月2日土曜日

2011年7月3日 千葉武専 

合掌

7月1日金曜日 午後私のおじが亡くなった。92歳だった。私の母方の姉の夫で、おばは数年前に他界している。そのおばが亡くなったとき、従姉から葬儀委員長を頼まれた。普通、町内会長に依頼したりするのが田舎の慣例だが、彼女は是非わたしにということで引き受けた。札幌でのこと。
今回もこの先週くらいからもう危ない状況であり、万が一のときはまた葬儀委員長を依頼された。
6月25日26日は釧路での道東武専。
29日は北海道電力のヒグマからの警護
7月2日3日の千葉武専出張。
7月8日北海道において特別昇格試験
7月9日10日は北海道においての道院長研修会。

少林寺拳法の事業、行事を全て優先するのだが、もしかしてどれかに重なるのではないかという懸念があったが、おじは全て回避してくれた。

2日の土曜日は午前9時半から11時半まで滝川クラブの稽古。稽古終了後、札幌伏古のおじのお参りをしてから新千歳空港午後5時の飛行機で羽田へ向かうことにした。

千葉武専は7月の夏期日程は本部派遣教師は午前9時から午後1時までとなっている。
地元の予定として午後の補講1補講2の実技に参加するところだが、今回はおじの逝去に免じて予定通りの退出をさせていただくようにしたいと伝えるつもり。
千葉武専の池田先生には事前の打ち合わせではお世話になりました。
ただ、叔父が亡くなったという電話は打ち合わせの書類を頂いた後からであり、直接千葉に行ってから事情を話したいと考えている。
それだけに与えられた、講義:剛柔一体の主題、また技術しっかりと伝えなくてはならない。

退出後、3時の飛行機に変更して新千歳空港に戻り、高速道路を使い斎場に直接行くこととした。
万が一、通夜開始時間午後6時に遅れることがあれば斎場の担当者に開始の挨拶だけはしてもらうようにするつもりだ。

7月3日は私の長女の誕生日でもあり忘れられない7月の夏になりそうだ。

暑い夏、くれぐれも熱中症にならないように気をつけてください。
6月21日22日と北海道電力の警護に行ったが22日の日にやや熱さを甘く見て、熱中症気味になった。こまめにスポーツ飲料を取ることをお勧めします。筋肉の痙攣など大変な事態にならないようにするためにも十分気をつけましょう。

合掌再拝 池上

2011年6月27日月曜日

北海道武専 道東補講に行って来ました。2011年6月25日26日

合掌

砂川から車で往復およそ665キロの長旅でした。久しぶりの釧路。

往路は滝川の稽古終了後;
赤平市、芦別市、滝里ダム、富良野市(北時計側フラノスキー場)、南富良野町、狩勝峠、峠の2合目を左に新得町をかすめ、鹿追町瓜幕(トムラウシへ行く近道)、士幌町、上士幌町(気球で有名)、足寄町(国道241号)、足寄国道、日本一の長い螺湾葺で有名な螺湾、
雌阿寒岳が見える。オンネトーを右手にそして阿寒湖。

240号線に入り、まりも国道を阿寒丹頂の里、太平洋へ直接向かわないで釧路空港を右手に見ながら釧路市に向かった。

加藤先生から途中電話があり、今阿寒のまりも国道を走っているというと、「え!どうしてそんな遠回りを!」と。
私は以前、阿寒経由の方が信号もないし早いと聞かされていたことをずっと信じて釧路には阿寒湖を通ってというのが私の頭脳回路になっていた。

釧路は私は何度来ても、どうも川と海との間の感覚が今ひとつぴんと来ないのである。
訪問する間隔が長くなり、いつも迷うのが私の釧路訪問がいつも新鮮に感じるところ。
今回もカーナビにわざわざ余計な設定と、ホテルが ラ ビスタ、住所を加藤先生に確認しないままに来てしまった。
幣舞橋の近くのホテルだからということで、幣舞町と目的地を入れたためにこれで混乱。
幣舞町は、幣舞橋とは違う高台にあるために釧路に入ってくるカーナビの指示がいつもなら渡る橋を渡らない直進を示したために私はいつものとおりの橋を渡った。
そこまでは良かったが、釧路駅に向かえばいいものを左折せずに直進したために幣舞橋に行くことが出来ずに高い建物が出来た最近の釧路市内で停車。
そこでまた加藤先生から電話、「もう着きましたか?」
「いや、まだ。」
カーナビを詳しく設定したために、不要な信号機の案内が画面に進行方向に3つ出てきて、余計に惑わされたのが、電子機器に頼った大きな落とし穴であった。
私は方向音痴ではないので、コンパスさえあれば、殆ど迷わないのだが。

なんだかんだでホテルに到着。
午後7時から、加藤先生と福田先生と会食。新しい店だということで、魚屋が経営している店のようで、新鮮な魚類が出ていた。

26日武専当日
太鼓は柴田先生、私は鎮魂行の主座を務め、打棒は田森先生。参加拳士は少なかったが非常に素晴らしい鎮魂行であった。

6月の道東の入学者1名を迎えての入学式を正式に挙行した。
入学者は、今は亡き保坂先生のお嬢さんただ一人の入学式。
お祝いの言葉の際、保坂さんの話を私がしたのだが、どうも、途中私自身が「うるる」になりそうで短めの言葉に留めました。

支部長になる前の保坂拳士が、釧路駅に迎えに来てくれたことをつい思い出し涙腺をくすぐり始めたわけである。
弟の保坂拳士も札幌での入学式の際、藤沢拳士と演武披露をしてくれた。
姉弟がこうして少林寺拳法の世界にいてくれることは、父として育てた保坂先生の思いが継承される。

拳禅一如が今回の学習課題。 

拳は行動、禅はその行動の裏づけする理論という展開をして話した。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の砂漠地域に発生した一神教の成立の解説、そして仏教との成立の大いなる違い。
7回にわたる十字軍遠征の話。
阿弥陀如来に救われるという浄土信仰である他力本願と自力の金剛禅についての説明。

少林寺拳法の世界の平和と福祉に貢献するという行動理念についての話。
今回の東北震災に関するただ単に口だけの支援は如何にお粗末か、実際に被災地を自分の目で確かめる行動力が何においても優る。

道東武専と称されるこの補講の役割は誠に有意義であり、少林寺拳法の地道な活動の一環として営々と続けていかなければならないことであることを語りかけた。

新たに就任された小判校長は真っ先に日本で最北端で頑張っているこの地域をまず訪問することを期待するものである。

今回帯広地区でこの道東補講の活動から離れた人たちがいると聞いたが、誠に残念である。

しかし残って頑張る田森先生を始め拳士の皆さんには勇気を持って前進してもらいたい。
あなた方は、札幌で開催される武専を欠かさずに参加そして、宗由貴総裁の力添えを得て作られた道東補講(北見、釧路、帯広)に対しても惜しまない力を注いでくれていることに対して心から敬意と感謝を述べたいと思います。人の質が問われる世の中にますますなっていく時代にあって、一人ひとりの思いを強く受け止めなければならないと考えます。

午後からは実技、基本では誰でもが楽しく出来る乱捕り、そして各科に分かれての稽古。
学生が少ないので詳細に指導が出来、技術レベルが大いに上がる。

日程を終了し帰途に着いた。
加藤先生のアドバイスどおりの阿寒湖を通らない帰りコースと決めた。

釧路市、白糠町、本別町、士幌町、鹿追町瓜幕、新得町から狩勝峠の2合目、南富良野町、富良野町(北時計側)、芦別市、赤平市、歌志内市、焼山から自宅。
帰りはおよそ300キロ。おおよそ阿寒を通らなければ50キロは短縮されたものと思われます。
帰りコースのほうが鹿の姿を見ました。鹿との衝突を避けなければ危険。

ikegami 

2011年6月26日日曜日

2011年6月26日 道東補講

合掌
サンライフライフ釧路にて、北海道地区武道専門コースの指導に来ています。
入学式、オリエンテーション。
指導者論:金剛禅の「調和の思想」その二 拳禅一如 が主題。

武術にある者の、永遠の主題である。
参加学生に、考えを尋ねてみたい。

釧路の加藤先生、福田先生には、地域の活動に尽力していただいています。
福田先生は、亡くなられた保坂先生の後継者として努力されています。
この東日本の被災地にいち早く駆けつけてくれました。
そうした人たちのいる釧路が、こうした補講を通じて地道な活動をしていただくことを期待しています。
兎に角、釧路から札幌までの武専への出席をし、更に道東地区の開催にも努力されていることは敬意を表する次第です。
まったく協力しない者もいる中で、行動する人々の真摯な姿に心打たれます。

しっかり指導に当たりたいと考えます。

来週は、千葉武専出張です。午前は滝川の稽古、夕方5時の便で羽田に向かいます。
滝川の稽古通常通りです。

合掌 池上 釧路 ラ ビスタにて

2011年6月25日土曜日

信徒会費・信徒香資について

合掌
信徒会費(年会費)はこの4月までに納入することになっていましたが、インターネット環境の不具合で、6月いっぱいまでに納入するようになっていました。
殆どの拳士は納入済みですが、未だ納入されていな場合いったん本部で休眠扱いになります。昇級昇格試験は受験できなくなります。
未納の方は6月中に納入を済ませてください。

信徒香資6月分はパソコン或いは、携帯から納入処理することになっています。
殆どの拳士は納入済みです。 8口4150円の納入ですが、まだ手続きの済んでいない拳士は至急お願いします。 自分で手続きが出来ない方は私の方に申し出てください。

合掌再拝 池上

2011年6月22日水曜日

イギリスダラム大学 ジェームズ先生からメール

イギリスダラム大学からメールが届きました。
公表しても大丈夫な内容ですので、ここに転載しておきます。
中学生高校生は英文を日本語にしてみてください。

Sent: Wednesday, June 22, 2011 5:33 AM
Subject: News from Durham


Dear Ikegami Sensei,

I hope you are well. It is almost one year since I saw you in Sapporo! I am
still happy when I think of visiting you and your kenshi.

I recently went to the European Taikai in Monaco. So Sai, Arai Sensei and
Aosaka Sensei were there. I took my yondan grading test and I found out
today that I was successful!

I am excited about training with you again and to visit your dojo and busen.

Please give my warm regards to your family and your kenshi.

Gassho

As always,
James =

北海道中学生大会を終えて 2011年6月19日

合掌
野坂理事長が被災地に行っている関係で、19日(日曜日)、相談役として中学生大会に出席した。
千葉会長が出席されることもあり、失礼の無いように朝早く砂川を出た。
審判会議の前に、野坂理事長に電話したところ、現在、陸前高田を出て帰路の途中気仙沼の打ち上げられた大型船を今見ているとの事であった。

さて、今大会には滝川道院から、三浦拳士、鈴木拳士の二人が単独演武、砂川道院から早坂拳士、吉田拳士が組演武に出場した。
事前の出場名簿により、全国大会に選抜されるであろうと思われる拳士が私の予測どおりの結果であったように思われる。
三浦拳士は、1点違いで昨年に引き続き全国大会を逃したとお父さんから報告を受けた。
審判のほんの些細な判定で変わるだけに惜しいといえる。
しかし、どんな審判であろうがその判定を得るだけの稽古が必要であることを戒めとしなければならない。
例えば、上富良野の青木拳士の単独演武は中学3年であり、体ががっしりしていて豪快さが高い判断をされたといえる。大会以前から、青木道院長の道場はかなり、しっかりした稽古をしているから上位に入るだろうと私は、拳士に伝えておいた。

三浦拳士の演武は法形として、最も美しい形であったと、道場の枠を超えて認めるところである。
審判の目にそこが見出せなかったとしても致し方の無いことである。
演武は種々の要素があるからである。
単独演武の基本の諸法を理解しなければ判定し判断するのは困難を極める。

函館東道院の山崎先生からも、大会終了後に、いろいろな苦言についても、野坂理事長にも後で伝えておいた。

全国大会に選抜されるに当たって、各道院での稽古は大変熾烈を極めたことであろう。
石狩地区の活躍は、大会に出場する拳士の数からしても大変多く、切磋琢磨の日常であること、指導員の努力は実に敬意に値する。
「それだけに、出場する拳士はただ単に道場所属の枠を超えて、一拳士として正しく評価する審判の責任は非常に大きいといえる。」
その指導員から、池上先生に注意されたことを肝に銘じながら指導しましたと言われたこからして、彼らが普段の武専における稽古にその指導員が積極的に参加しているということであろう。

青木道院長には、子供さんの全国大会での構えなど、若干のアドバイスをした。
最優秀をとることが出来るかもしれないと!

今回の選抜にもれた拳士は、参加して得たことが多いのであるから、修行の一環として非常に有意義な一日であったといえる。

観客の父兄の皆さんが、ビデオカメラで撮影し、研究する状況がよく分かりました。
審判団も撮影されているという認識を忘れてはならない。

最後に佐藤審判長から、相談役の池上先生が心配されていたことは、余りにも受身の取れていない投げを多発していることは非常に危険であると講評の際に拳士に伝えてくれた。
女性の演武において、男子よりも一段と投げが或いは飛ぶことが激しかったようだ。
一昔前の、まあ言うなれば我々の若き頃のような激しい演武にかなり似ていたようだ。
最近、医学的見地から、激しい投げ技において受身の取れないようなことは避けるようにとの事が
、新井会長に何度と無く指摘されていることを忘れてはならない。
中学生に対して飛ぶような投げが完全に禁止されていないことが、要因であるのは否めない。

大会代表の拳士は、さらに精神技術を磨き、心豊かな参加をして楽しんで来てもらいたい。
そして来年に向けて再出発する拳士は兎に角日々の稽古稽古ただそれだけである。

最後に審判の皆さん誠にご苦労様でした。

千葉会長には大変お忙しい中ありがとうございました。深謝に絶えません。

合掌再拝 池上
合掌再拝