2011年8月9日火曜日

2011年8月7日 北海道武専

合掌
北海道の短い夏も真っ盛り。
朝起きて自宅から歌志内方向への散歩も汗ばむ季節。
朝の鎮魂行、歩行禅を兼ねての毎朝の日課となっている。
これが、歩くにも脳の刺激にも良いようだ。

歌志内川にかかる橋の辺り、左側の雪捨て場の原っぱには今年生まれたバンビが飛び回っている姿も時々目にすることができる。
また、川面には今年生まれたマガモの家族二組の姿も互いに住み分けた範囲に見える。
今日確認することができたのだが、11羽の家族と、4羽の家族の餌をとる姿を橋の上から双眼鏡を覗くと、その愛らしい姿を見ることができる。

新しい命を育むことのできる素晴らしい典型的な北海道の環境を有する砂川市が快適環境都市としての指定を受けた面目躍如といったところか。
原発の影響を受けている地域とは比べものにならないアメニテイ環境に暮らせる私の朝は幸せだ。
こうした環境のところに一時でも避難できる政治が望まれるところだ。

さて、7日の午後12時から前砂川道院の副会長勝浦秀雄先生の一周忌が砂川パークホテルで行われた。
先生の義理の息子さんの松本正明さんが私の議員時代の後援会長であり、一方ならぬお世話になった関係、お参りすることは当然のこと。
いつもは8月は武専夏休みということもあり、お参りすることができるはずで出席の返信をしていた。

しかし、武専指導を優先することは、勝浦先生にもご理解いただけるものとして、ご挨拶と仏前にお参りすることでお許しをいただいた。
ホテルのロビーで勝浦先生の娘さんとお会いした途端、その娘さんのお嬢さんに引き合わされた。
というのも、私が少林寺拳法の偉い先生とか何とかという紹介でそのお嬢さんに娘さんが話したようだ。
高校生であるそのお嬢さんが岩見沢東高校の少林寺拳法部に所属しており、つい最近6級に合格したとの事を知らされた。
金子さんが岩見沢東高校の指導者であることを勿論知っていることを伝えたところ、お嬢さんも一瞬怪訝そうな顔をしていたが、私が少林寺拳法の先生であることをすぐに察知したようであった。

お孫さんが少林寺拳法を始めたことをもし存命であったならどんなに喜ばれたことであろうか。
松本さんのお嬢さん二人は子供の頃、私の娘詩帆と少林寺拳法をやっていたことなども影響したのであろう。
こうしたことが少林寺拳法の絆を営々と形成していくことなのであろう。

祭壇にお参りし、松本夫婦に挨拶の後、高速道路を飛ばし、東野幌体育館に12時半頃到着、野坂理事長も理事長会議東京開催から到着していた。

懸念していた本部からの信徒香資等のメール文章の件もどうなったか尋ねたところ、私が事前に本部に提言したとおりに解決した旨を報告を受けた。
田村宗務を通し担当者とその件を話したとの事でまずは一安心。
内容についてはここでは差し控えることとします。

武専は本部派遣教師は小野寺先生
私は研究科1年を担当した。
この日、三名しかいなかったために、当日の予定技術科目と他の科目、乱捕りを入れての三人演武を構成し披露する稽古方法を取った。
当初は戸惑いもあったようだが、数度にわたる披露により、最後には可也習熟度を増したことを三名とも体感したようであった。
「こんな稽古方法もあるのですね。」と自信をつけた様子がありありと伺えた。
本人たちの口から道場でやってみるという言葉からも効果ある稽古であったといえるのではないか。

三人の稽古の合間、武専研究院の学生諸君にも若干のアドバイスをしながらの技術の時間を過ごした。

さて、武専の担当教官であるが、学生の希望では、地元本部教師、地元講師、地元講師補の担当を固定することなく満遍なく振り分けて欲しいとの希望があるようだ。
実際、他の道院の学生から、私に指導して欲しいとの希望を持っているが学生が予科、本科、高等科にもいることを知った。
曲がりなりにも、本部教師という先生にも習いたいのだそうだ。
学生にすれば当然のことなのであろう。
講師を固定することに、不満を持つ学生もいることを初めて知らされた。
運営者は固定している意識はないことも伝えたのだが、学生の中にはまだこの先生には手をとって教えてもらえていないということのようである。
こうした対応に武専の活性化の方法が隠されていることを運営責任者が気をつけるべきなのであろう。

いずれにしても、担当講師が、説明が長すぎ、つまり、指導する自分の世界に入り込み、いつ稽古させてもらえるのかという不満が鬱積しているようだ。受講する学生を長々と立たせていてはいけないことを知るべきだ。

なかなか、こうした不満を学生は感想文に本音としては書けないようだ。
いろいろな先生から、指導を受けたいというのが、固定した講師の指導がいいというのを上回っているというのが大勢であるようだ。

今回の日程の中で初めてといっていい、技術質問の時間が設定された。
他の派遣地域の武専では必ず行われている、派遣教師泣かせの時間であることも事実。
しかし、これとて双方に勉強になる大事な時間。

真剣勝負に似た有意義なものである

質問する側の常識や技術レベルも問われるものであり、また、その回答する本部派遣教師の識見も問われる大事な時間なのである。

回答の不味さは、学生の意欲を低減させるものともなるが、質問者の愚問はその指導者である道院長の識見を疑うことともなり、ある種危険極まりない時間となる。
しかし、この時間は、修行者であるその場を構築する全ての拳士にとっての貴重な時間なのである。

質問のあったことの内容を各道院長はよくそのことを噛み締めると共に、さらに道院における指導研究を怠ることのないように稽古、稽古、自らの稽古に邁進することである。

合掌再拝 池上

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