2012年6月16日土曜日

2012年6月15日 砂川クラブ稽古 高校大会の前日

大月拳士天地拳第一の自己チェック
精神科医である大月拳士は北大少林寺拳法部OBであり、少林寺拳法が心底愛している。
研究熱心で岩見沢から砂川道院へ毎週金曜日愛車のスバル・インプレッサ350馬力で欠かさず
稽古に参加している。大月拳士の後に早坂太樹拳士砂川高校の天地拳第一の単独演武



砂川クラブでの稽古

 
大会出場者の一斉稽古 だんだん演武に習熟して来ている。初めて参加する拳士は失敗を恐れずに参加することが大事。人は失敗を恐れることなく行動することが大事である。
少林寺拳法の修行は失敗を重ねながら日々を過ごすことで真の強さを身につけることができる。

2012年6月14日木曜日

2012年6月北海道高校大会のための稽古 北海道立子熊の国

 
小林優輔拳士と早坂太樹拳士
合掌
大会のための稽古が続きます。まだまだ十分ではないが必死に正しい攻防に気をつけながら稽古している。
小学校低学年から続けて高校生になって継続していることは大変素晴らしいことだ。
35年間の指導によるその歴史はこうして稽古する拳士によってつくられたきた。

大会に挑戦することで、稽古に邁進することができるのである。

最近北海道立こどもの国に親子熊が出没している。
すばらしいこどもの国先日散歩したが、人間の子供にとっても、熊の子供にとってもすばらしい環境であるのだ。

「北海道立 子熊の国」であっても仕方がない。
快適環境都市指定されている砂川市にとっては、ある意味で自然が豊か、野生の証明がなされたということである。熊は滅多にひとを襲うことはない。
子育ての6月に熊が出たと言ってあまり騒がないことだ。

私の道場にも熊がいる。彼女は坐禅を静かに組み、決して拳士を襲うことはない性格のいい雌熊である。

合掌 池上

2012年6月稽古の様子 金冠日食 奥村拳士の友人梅沢拳士入門 晴見道場での稽古

奥村匠拳士と友人の新入門の梅沢翔拳士
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初めての北海道大会出場のための演武の稽古 
大会までに組み演武の稽古が如何に有意義か理解できるでしょう。
金冠日食を調べた山本雛乃拳士
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晴見専有道場早坂愛梨拳士足刀蹴を受ける竹房薫稀拳士
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晴見専有道場鈴木貫太拳士 三浦広大拳士演武の稽古
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2012年6月10日日曜日

2012年6月 東北北海道道院長研修会、道院長勤続35周年表彰

浦田代表と35周年表彰記念
合掌
金曜日から日曜日まで仙台、多賀城市に来ている。東北北海道地区道院長研修会参加のためである。初日の多賀城東北学院大学工学部基礎教育センターで研修の午前中終了後の昼休みに道院長勤続35周年の表彰を頂いた。映像は受賞後浦田代表とのものである。要するに道院長になって35年経ったということである。
嘗て北海道体育協会から表彰を頂いてから暫くぶりの受賞である。
今回敢えて映像を紹介するのは、35年は長いようで短いものではあるが、その間に種々の失敗やら思い出深いこと、或いは多くの人たちとの別れ(多くの人が他界された)等を思い出すことになるからである。私一人では辿りつけなかった35年である。この映像の横に開祖がいらっしゃるような気がするのである。道院開設の時、函館東道院の山崎勝先生と二人だけの道院長新設の講習を台風通過のときに行っていただいたことを昨日のことのように思い出される。山崎先生から先日本部で受賞されてきた事を先週の北海道武専で伺った。
35年前、開祖が本山の一番下の建物を建設中の指示をされていたときに、鈴木義孝先生がひざまづいた状態。開祖から私たち一人ひとりに声をかけていただいた。台風の中、北海道から青函連絡船、列車を乗り継ぎ宇高連絡船に乗り本山に講習の前日に到着するように北海道を発ったのであった。そのことを、開祖は「それこそこれから道院長として指導するに相応しい動きである。」と開祖から言葉をいただいたのあった
。多くの道院長が開祖と最初に交わした思い出は道院長それぞれの心にいまだに響いているはずである。
浦田代表との記念写真はそうした開祖の思いにも似たものがあるのである。

初日終了後、海に近いホテルでの宮城県連盟主催の復興感謝の集いに北海道少林寺拳法連盟全員が参加した。関東関西からも今回の研修会に参加されていた。陸前高田のボランテイアセンターに行ってから、また研修会終了後も陸前高田の寄ってから帰られる先生とも再会した。
被災地支援の活動に対して頭の下がる思いで一杯である。

http://www.ibaraki-shorinjikempo.com/volunteer.html
茨城県少林寺拳法連盟の、陸前高田支援チーム活動記録のアドレス。
このページ見ると、今でも継続して支援活動を続けていることが一目で判るでしょう。

2011年5月1日~5月5日の瓦礫処理の映像。3枚目の右端の白い長靴(釘踏み抜き防止用)が
です。顔はヘルメットを被っているので参加した人にしか判らないでしょう。

多賀城は多賀城柵にあるように歴史の深いまちである。征夷大将軍という言葉を歴史で学んだことがあるのだが、そうした時代からという言葉との関係で興味を持って書物を読むと多賀城という歴史を知ることができるはずである。

多賀城市長、塩竃市長、七ヶ浜町長のお礼の挨拶がそれぞれありました。少林寺拳法連盟の支援に対するものであった。多賀城に拠点をつくり活動したからである。
岩手の陸前高田とこの多賀城市の拠点を中心に瓦礫処理等の活動に対してである。

私は陸前高田に宮末北見道院長と参加したのである。今回宮末先生は車で来ているのだが、勿論帰りコースに陸前高田が入っている。
岩手の柏木先生にも再会した。ご家族はお元気とのことであった。
宮城の須藤先生のお礼の挨拶で感謝の集いは終えた。
この地域の被災状況はご承知のことであろうが、東北学院大学の体育館の天井も地震のために落ちたのであるが、真新しく改修されていた。復興はまだまだこれからである。

今回総裁が体調不良とのことで参加されていないのが残念であった。しかし、東北北海道の指導者が一同に介し催された研修会は意義深いものであった。いいことも悪いことも絆を強くすることに繋がればよい。

東大の副学長の映像による講義は団塊の世代を代表する人生観を表現する明るいものであった。日頃から、私も気をつけていることであるが、否定語を使わない相手の人生観特に体力を考慮する無理をしない関係構築に関わるものであり、造詣深い講義であった。
武闘派ではなく、武藤派へという含蓄はユウモア溢れる内容。
武藤先生私より一歳お若い方である。目線を少林寺拳法の指導者に下げて頂いた名講義であった。笑い笑いに繋がる、絆つくりの講義は、誠に高く評価されるものであろう。

さて、数年前に高松のANAホテルに宿泊した夜、眩暈症に私もかかったのであるが、三半規管のリンパの流れが悪いと起こるものである。最初何が起きたか分からなかったのであるが、目が回り歩行がままならないどうしようもないのである。
例えばスペインから成田までの頭を動かさない時間が長すぎた様な悪条件が引き起こすこともある。つまり、普段から獅子舞のように頭を動かすことリンパの流れを正常に保つのである。
めがまわるつまり眩暈症はある年齢に達するとおこるものである。
専務理事の斉藤道院長も最近かかったとのことである。皆さんもお気をつけられますように!

二日目の研修今から仙台から多賀城文化センターに行き午後の便で北海道に戻ります。

宮城県連に感謝!
北海道連盟の皆さんご苦労様。
滝川道院 砂川道院の皆さん留守中ありがとう!

合掌再拝 池上

2012年6月6日水曜日

三笠宮寬仁様ご逝去 身障者福祉に人生を捧げられた

右が勝浦秀雄先生 中央前列山口正直元砂川市長

砂川市経済訪中団帰国後 前列左から3人目勝浦先生
合掌
66歳、天皇陛下の従弟。
お父様である三笠宮様は開祖宗道臣先生が本山にお招きになられたことを知っている拳士もいるであろう。皇族が本山に来られたのは初めてであった。
殿下は1982年に皇席離脱宣言をされる等大きな話題となった。


私は以前北海道身体障害者協会砂川支部の相談役をしていました。
少林寺拳法の砂川道院の副会長に就任していただいていた勝浦秀雄先生がその障害者協会の会長でした。
少林寺拳法の開祖デイーで、勝浦先生に砂川海洋センターで講話をして頂いた事があります。
片方の足がないことを見せて頂いたり身障者とは何かを話して頂きました。
先生は既にご逝去されましたが、勝浦先生は三笠宮寛仁殿下と身障者スキー大会でいつもご一緒されていました。
今はなくなった砂川市民スキー場でも率先した殿下の活躍は多くの身障者の人々を力づけたものです。
ただ、形だけではなく、具体的に身障者の人々に接して来られたのです。
今日の訃報に多くの身障者の方々は 髭の殿下 に思いを馳せているでしょう。

皇族としてエリザベス女王の60周年記念式典がテレビで伝えられていますが、日本の三笠宮寛仁殿下の功績は非常に大である事を忘れてはならないでしょう。

私たち北海道少林寺拳法連盟の身体障害者車椅子マラソンに現在も協力をさせていただいている縁は、千葉英守会長と北海道身体障害者協会との関係、そして私が北海道連盟理事長在任のときの勝浦秀雄先生との絆であることを伝えておきたいと思います
北海道少林寺拳法連盟のホームページに、私がはまなす国体の表彰式に車椅子マラソンの表彰をしている映像があります。
これは、北海道身体障害者協会が私たち北海道少林寺拳法連盟が車椅子マラソン大会に協力をしていることに対する配慮からなされたものである。

上記映像は砂川市経済訪中団である。
1997年6月24日~7月2日に訪中し帰国後に会談したときのものである。
砂川市の蒼々たるメンバーである。
この当時はまだ中国が現在ほどの経済発展ではなく、砂川もいち早く中国に目を向けるべきという私の提言で実現したものであった。
既にこの中には、山口正直市長、勝浦秀雄先生、山田産業社長、櫻井会長、鬼籍に入られた方もいらっしゃいます。(いずれも当時の役職)
この訪中団は河南省少林寺も訪問しました。
滝川道院の今井克彦拳士参加していました。

この方々には、砂川市で北海道大会を開催した際に大変お世話になったのです。
大会開催時には、砂川市から北海道少林寺拳法連盟に100万円の補助金を頂きました。
大会開催で砂川市近辺への経済効果は非常に大であり、補助金に見合う以上のものがあったことは言うまでもありません。

勝浦先生の身障者協会の功績は、砂川市の歴史に燦然と輝いています。

三笠宮殿下と勝浦先生の強い絆を伝える事ができたことに対して、哀悼の誠を捧げたいと思います。

合掌再拝 池上

2012年6月3日日曜日

北海道武専2012年6月3日三沢道院石井悦雄先生

鎮魂行の主坐は石井悦雄本部派遣教師
 合掌
6月3日の朝の東野幌は初夏とは言えないほどの寒さであった。
先週の北見における道東武専に続き、あっという間の武専開講である。
道東地区からの参坐は誠に敬意を表するところである。札幌地区の学生諸君も是非道東に出向いてもらいたいものである。
ある意味において半ばは他人のためにという理念を行動に移してもらいたいものである。
 

毎朝の鎮魂行は修行の柱である。打棒は柴原講師

鎮魂行の主坐は本部派遣教師の石井悦雄先生にお願いした。瞑目に入ったところを映像にした。
実に良き朝の鎮魂行であった。
北海道の場合本部派遣教師は大変である。というのは、基本の指導を担当し、更に各科を全て一技ずつ指導して廻るので休む暇は無いのである。つまり、最も汗をかくハードな一日となる。
寒かった朝の体育館もあっという間に熱気で暑くなるのである。

私も10月21日に青森武専に出張する事になっている。石井先生はJRで青森から札幌まで来られたそうである。およそ7時間かかったとのこと。
以前、私が青森に出張の際函館本線で崖崩れのためにJRが止まり、バスで途中移動し青森に到着したのは真夜中になった経験がある。
移動手段の選択はなかなか難しいものである。北海道の武専学生の技術に対する意欲は非常に大であり、本部派遣教師の印象は概ね良好である。
兎に角、道院長を始め参坐学生は汗をかき有意義な武専を確立するように努めてもらいたい。
各種大会が近づいて来ており、各道院において力を合わせて良き道場の雰囲気をつくりあげたいものである。
合掌再拝 池上

2012年6月2日土曜日

村谷満拳士63歳初段准拳士允可 北海道大会に向けて

村谷満拳士63歳准拳士初段允可
合掌
2012年5月13日 村谷満拳士は2年の修行を経て准拳士初段を允可された。
還暦を過ぎてからの少林寺拳法の道は、本人だけでなく家族の協力があって成し得たものである。

今日も基本の稽古において、目打ち、上段、中段の突きを各20本、下段、中段、上段への蹴り上げ、回し蹴り。振り突き、手刀打ち、手刀切り、熊手突き、肘打ち、鉤突き、上受け、内受け、上中に対する連受け、振り突き中段に対する外押し受け、連受け。天地拳第一から第六、義和拳第一第二、竜王拳第一、白蓮拳第一、紅卍拳を休むことなく一気に行った。
その後、乱捕りを30分をこなせるまでになった。

昨日の、砂川の稽古に続き滝川クラブの稽古も乱捕りを中心に行った。下記の映像には、6月の北海道高校大会、7月の北海道大会出場予定者の一部拳士である。
 初めて演武デビューの拳士にとって思い出深い大会になる。

6月北海道高校大会、7月北海道大会出場予定拳士